今の恵那市
岐阜県の南東部、東濃地方にある市で、南は愛知県、東は長野県に接します。市域の大半は美濃三河高原の上にあり、標高の高い山がちな土地です。北部を木曽川が東西に流れ、大井ダムがせき止めた恵那峡をつくるほか、南部は矢作川、西部は土岐川の水系に分かれます。2004年に旧恵那市と恵南地域の町村が合併し、中山道大井宿の町並み、城下町岩村、大正ロマンの明智など、地区ごとに異なる歴史の顔を持っています。栗きんとんなどの栗菓子でも知られます。
今の恵那市の区域の人口は、2020年の国勢調査で47,774人です。今の区域で数えた1975年の58,647人とくらべると18.5%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.4%です。
主な産業:山岡地区の寒天製造や陶土の産出、工業団地への工場立地などが見られます。
特産品・名産
- 栗きんとん恵那栗を生かした秋の栗菓子
- 細寒天山岡地区の寒天は生産量日本一
- 五平餅恵那の名産として知られる郷土の味
- 菊ごぼう恵那の名産品のひとつ
- 岩村かすてら城下町岩村の名産
見どころ・祭り
- 恵那峡大井ダムがつくった木曽川の景勝地
- 岩村町本通り重要伝統的建造物群保存地区
- 岩村城址岐阜県指定史跡の山城跡
- 日本大正村大正期の町並みを生かした明智町の観光地
- 坂折棚田日本の棚田百選に選ばれた棚田
木ハナノキ花ささゆり恵那市の木・花
恵那市のなりたち
恵那市(えなし)は、岐阜県東濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。中野方村・笠置村・飯地村・大井町・長島町・武並村・東野村・三郷村・静波村・明知町・本郷村・遠山村・鶴岡村・三濃村・吉田村・上村・下原田村・岩村町・串原村です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の恵那市になりました。
今の名前「恵那市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの19の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の上村が約107km²だったのに対し、今の恵那市は約501km²と、およそ4.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は恵那郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、恵那郡は2005年(平成17年)2月13日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大井町の区域には大井駅(中央本線)があります。旧武並村の区域には武並駅(中央本線)があります。旧東野村の区域には東野駅(明知鉄道 明知線)があります。旧明知町の区域には明知駅(明知鉄道 明知線)があります。旧遠山村の区域には遠山駅(明知鉄道 明知線)があります。
「恵那市」という名前
市名の「恵那」は、恵那郡や恵那山の名にも使われてきた、古代から記録に残る地名です。語源ははっきりしていません。恵那山には、伊弉冉命が天照大神を生んだときの胞衣(えな)を納めたという伝説があり、「胞衣」が「恵奈」「恵那」と書かれるようになったとする言い伝えがあります。都から遠い「鄙(ひな)」の地を表す言葉が変化したとみる研究者の説もあります。1954年(昭和29年)に大井町などが合併して市をつくった際、この地名が市名に選ばれました。
まちの成り立ち
恵那市は、二度の大きな合併でできた市です。
1889年(明治22年)の町村制で、恵那郡には岩村町・明知町のほか、大井村・長島村など多くの町村が生まれました。大井は中山道の宿場町で、1890年に町となっています。1897年(明治30年)には村の統合が進み、加茂郡の河合村も恵那郡の毛呂窪村・姫栗村と一緒になって笠置村となりました。木曽川の対岸の飯地村は、1948年に加茂郡から恵那郡へ移っています。
最初の合併は1954年(昭和29年)4月1日で、大井町・長島町・飯地村・笠置村・武並村・中野方村・東野村・三郷村の8町村が合併して恵那市が発足しました。
市の南側、恵南と呼ばれる地域でも合併が続きます。1954年に明知町と静波村が合併して明智町が生まれ、本郷村は岩村町に入りました。1955年には遠山村と鶴岡村が合併して山岡町となり、吉田村は明智町に編入されています。同じ1955年、三濃村は分かれて、横通は明智町に、野原・浅谷は県境を越えて愛知県の旭村(現在の豊田市)に入りました。1956年には上村と下原田村が合併して上矢作町が発足しています。
二度目の合併は2004年(平成16年)10月25日です。恵那市と岩村町・山岡町・明智町・串原村・上矢作町が合併して、改めて恵那市が発足しました。合併で市域が広くなったことから、地域の一体感を育てようと、市民グループが映画『ふるさとがえり』を制作しています。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、恵那郡に岩村町・明知町・大井村・長島村・東野村・中野方村・三郷村・竹折村・串原村・上村・下原田村・三濃村など多くの町村が、加茂郡に飯地村・河合村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1890年12月27日明治23年大井村が町制を施行し、大井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年恵那郡で町村の統合が行われ、竹折村(竹折村・藤村)、笠置村(毛呂窪村・姫栗村・加茂郡河合村)、吉田村(大田・阿妻・吉良見・大泉の4村)、遠山村、鶴岡村、本郷村(富田村・飯羽間村)が発足し、明知町は野志村・杉野村・東方村と合併して改めて明知町となった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1898年12月14日明治31年長島村が町制を施行し、長島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1900年5月24日明治33年竹折村が武並村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1905年7月1日明治38年明知町から旧野志村・杉野村・東方村の区域が分かれ、静波村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1948年4月1日昭和23年飯地村の所属が加茂郡から恵那郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年大井町・長島町・飯地村・笠置村・武並村・中野方村・東野村・三郷村が合併し、恵那市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年明知町と静波村が合併し、明智町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年9月10日昭和29年本郷村が岩村町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月1日昭和30年遠山村と鶴岡村が合併し、山岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年三濃村が分けられ、旧横通村の区域が明智町に、旧野原村・浅谷村の区域が愛知県東加茂郡旭村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
- 1955年10月5日昭和30年吉田村が明智町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年上村と下原田村が合併し、上矢作町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2004年10月25日平成16年恵那市・岩村町・山岡町・明智町・串原村・上矢作町が合併し、改めて恵那市が発足した。種類:新設合併 出典:www.e-stat.go.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。