今の土岐市
岐阜県南東部、東濃地方にある市で、名古屋市の北東およそ35kmに位置します。市域の約7割が丘陵地で、南が高く北が低い地形です。市内の川はすべて庄内川水系で、土岐川が中心部を流れます。美濃焼の産地として「陶磁器生産量日本一のまち」をうたい、山で隔てられた駄知・下石・妻木などの地区ごとに、どんぶりや徳利、コーヒー碗といった得意な器があります。JR中央線と中央自動車道で名古屋と結ばれ、ベッドタウンとして団地開発も進みました。
今の土岐市の区域の人口は、2020年の国勢調査で55,348人です。今の区域で数えた1975年の63,324人とくらべると12.6%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.0%です。
主な産業:美濃焼を中心とする窯業が主な産業で、地区ごとに得意な器種があります。
特産品・名産
- 美濃焼駄知はどんぶり、下石は徳利など地区で特色
見どころ・祭り
- 土岐美濃焼まつり毎年5月3〜5日に織部ヒルズで開催
- 美濃陶芸村美濃焼伝統産業会館がある
- 妻木城址県指定史跡
- 曽木公園11月のもみじ祭りで逆さ紅葉が有名
- 道の駅土岐美濃焼街道「どんぶり会館」駄知どんぶりまつりの会場となる道の駅
木ヒトツバタゴ花キキョウ土岐市の木・花
土岐市のなりたち
土岐市(ときし)は、岐阜県東濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。明世村・泉町・肥田村・土岐津町・駄知町・下石町・曾木村・妻木村・鶴里村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の土岐市になりました。
今の名前「土岐市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の泉町が約30km²だったのに対し、今の土岐市は約116km²と、およそ3.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は土岐郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、土岐郡は2006年(平成18年)1月23日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧土岐津町の区域には土岐津駅(中央本線)があります。
「土岐市」という名前
市名の「土岐」は、この地域が古くから属してきた土岐郡の名に由来します。1955年(昭和30年)に土岐郡の8町村が合併して市をつくった際、郡名がそのまま市名になりました。土岐郡は古代からの郡で、中世には美濃の守護となった土岐氏の名字の地としても知られます。「土岐」という言葉そのものの語源は確認できていません。
まちの成り立ち
土岐市は、土岐川沿いの土岐津や、美濃焼の窯業で栄えた駄知・下石・妻木などの町村が一つになってできた市です。
1889年(明治22年)の町村制で、土岐郡には妻木村・下石村・曽木村・駄知村・河合村などが生まれ、鶴里村・肥田村・泉村は複数の村がまとまって発足しました。同じ年の11月には土岐口村と高山村が合併して土岐津町が生まれています。1897年には河合村が山野内村・戸狩村・月吉村と合併して明世村となりました。その後、駄知(1909年)、泉(1915年)、下石(1919年)、妻木(1931年)が次々に町制を施行しています。
昭和の大合併では、まず1954年(昭和29年)に明世村が分けられ、月吉・山野内・戸狩は瑞浪市の発足に加わり、河合は泉町に編入されました。そして1955年(昭和30年)2月1日、土岐津町・泉町・駄知町・下石町・妻木町・肥田村・鶴里村・曽木村の8町村が合併して土岐市が発足しました。合併の協議では、市役所をどこに置くかで町同士の意見が分かれ、条件をつけてようやく合意したとされます。1957年には定林寺の次月地区が可児郡御嵩町に移っています。
平成の大合併では、2002年に多治見市・瑞浪市・笠原町との4市町で東濃西部合併協議会が設けられ、新市役所を土岐市内に置くことも決まっていました。しかし2004年1月25日の住民投票で、笠原町以外の3市では反対が賛成を大きく上回り、計画は白紙となりました。土岐市はその後も単独で歩んでいます。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、土岐郡に土岐口村・高山村・妻木村・下石村・曽木村・駄知村・河合村、鶴里村(柿野村・細野村)、肥田村(浅野村・肥田村)、泉村(久尻村・大富村・定林寺村)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年11月5日明治22年土岐口村と高山村が合併し、土岐津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年河合村が山野内村・戸狩村・月吉村と合併し、明世村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1909年10月11日明治42年駄知村が町制を施行し、駄知町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1915年10月1日大正4年泉村が町制を施行し、泉町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1919年7月1日大正8年下石村が町制を施行し、下石町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1931年1月1日昭和6年妻木村が町制を施行し、妻木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1934年8月1日昭和9年泉町の一部(久尻の一部)が多治見町に編入された。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年明世村が分けられ、月吉・山野内・戸狩は瑞浪市の発足に加わり、残りの河合が泉町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年土岐津町・泉町・駄知町・下石町・妻木町・肥田村・鶴里村・曽木村が合併し、土岐市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年4月1日昭和32年土岐市の一部(泉町定林寺字次月)が可児郡御嵩町に編入された。種類:その他 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。