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可児市かにし

1920年には10の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の可児市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の可児市

岐阜県の中南部、木曽川の南岸に位置する市で、岐阜市や名古屋市からそれぞれ約35kmの距離にあります。周りを低い山に囲まれた盆地にあり、北を木曽川、市の中央を可児川が流れ、東部には最高峰の浅間山を含む丘陵が広がります。安土桃山時代に久々利地区で志野焼が生まれ、戦国時代には森蘭丸を生んだ森氏の金山城があるなど、歴史の舞台となってきました。現在は名古屋のベッドタウンであると同時に、大規模な工業団地を抱える自動車関連産業のまちです。

今の可児市の区域の人口は、2020年の国勢調査で99,968人です。今の区域で数えた1975年の38,707人とくらべると158.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は28.1%です。

99,968人人口(2020年)
+158.3%1975年からの増減
87.57km²面積(国土地理院)
1,142人/km²人口密度
28.1%65歳以上の割合
99,9681975199020052020
15歳未満 13.0%15〜64歳 59.0%65歳以上 28.1%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:南部丘陵の工業団地を中心に、自動車関連などの製造業が盛んです。

特産品・名産

  • 志野焼安土桃山時代に久々利で生まれた焼き物
  • 可児そだち市内の生産物の地産地消ブランド
  • サトイモ可児そだちブランドの農産物
  • さよりめしサンマを使った炊き込みご飯

見どころ・祭り

  • ぎふワールド・ローズガーデン約7000品種のバラが咲く公園
  • 金山城跡国の史跡。森蘭丸生誕の城
  • 長山城(明智城)跡明智光秀生誕の城とされる市の史跡
  • 長塚古墳中世以前に築かれた市内の古墳
  • 久々利八幡神社大祭からくり人形の山車が出る祭り

木クロマツ花サツキ、バラ可児市の木・花

可児市のなりたち

可児市(かにし)は、岐阜県中濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。伏見村・今渡町・広見村・土田村・帷子村・平牧村・久々利村・春里村・姫治村・兼山町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の可児市になりました。

今の名前「可児市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の姫治村が約18km²だったのに対し、今の可児市は約87km²と、およそ4.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は可児郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧広見村の区域には広見駅(太多線)があります。

101920年の町村の数
3回合併・編入の回数
88km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「可児市」という名前

市名の「可児」は、この地域が古くから属してきた可児郡の名に由来し、1955年(昭和30年)の合併で生まれた可児町の名を、1982年の市制施行で受け継いだものです。飛鳥時代の木簡に「三野国加尓評」と書かれたものがあり、古くからこの呼び名があったことがわかります。名の由来ははっきりせず、宮中の掃除を担った「掃部(かにもり)」に由来するとみる地名研究者の説や、願興寺の蟹薬師にちなむ「蟹」説などがあります。

まちの成り立ち

可児市の歩みは、1889年(明治22年)の町村制で可児郡に生まれた兼山町と、今渡村・広見村・土田村・久々利村・平牧村・春里村・帷子村などの村々から始まります。今渡は1900年に、広見は1924年に町となりました。

昭和の大合併では、1955年(昭和30年)2月1日に今渡町・広見町・土田村・久々利村・平牧村・春里村・帷子村の7町村が合併して可児町が発足しました。同じ日、伏見町は御嵩町などと合併して改めて御嵩町となりましたが、2か月後の4月1日に旧伏見町の中恵土が御嵩町から可児町へ移っています。1960年には姫治村が分割され、谷迫間などが可児町に、大藪・大針・北小木などが多治見市に入りました。

戦後は亜炭の採掘が衰える一方、工場の進出が続き、丘陵地にはニュータウンが造られて、名古屋に近い住宅地として人口が急増しました。1970年に3万人足らずだった人口は、10年後には5万人を超えています。こうして1982年(昭和57年)4月1日、可児町は市制を施行して可児市になりました。県内で14番目の市です。

平成の合併では、2005年(平成17年)5月1日に、木曽川の河港・兼山湊で栄えた兼山町が可児市に編入され、現在の市域となりました。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、可児郡に兼山町(兼山村が町制)・今渡村・広見村・土田村・久々利村・平牧村・春里村・帷子村・伏見村・姫治村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1900年7月19日明治33年今渡村が町制を施行し、今渡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1924年1月1日大正13年広見村が町制を施行し、広見町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1949年4月1日昭和24年伏見村が町制を施行し、伏見町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1955年2月1日昭和30年今渡町・広見町・土田村・帷子村・春里村・久々利村・平牧村が合併し、可児町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1955年2月1日昭和30年伏見町は上之郷村・御嵩町・中町と合併し、改めて御嵩町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年4月1日昭和30年御嵩町の一部(旧伏見町の大字中恵土)が可児町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 1960年4月1日昭和35年姫治村が分割され、谷迫間・今と下切の一部が可児町に、大藪・大針・北小木と下切の残りが多治見市に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  9. 1982年4月1日昭和57年可児町が市制を施行し、可児市となった。種類:市制施行 出典:www.e-stat.go.jp
  10. 2005年5月1日平成17年可児郡兼山町が可児市に編入された。種類:編入 出典:www.e-stat.go.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

可児町→可児市1955〜今
兼山町1889〜2005
姫治村1889〜1960
伏見村→伏見町1889〜1955
今渡町1900〜1955
広見村→広見町1889〜1955同じ名前の駅:広見駅
土田村1889〜1955
帷子村1889〜1955
平牧村1889〜1955
久々利村1889〜1955
春里村1889〜1955

参考にした資料