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川辺町かわべちょう

1920年には4の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の川辺町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の川辺町

岐阜県加茂郡に属する町で、美濃地方のほぼ中央、濃尾平野の北の端に位置します。町の中央を飛騨川が南北に流れ、町域の約7割を山林が占める「山と水の町」です。飛騨川をせき止めた川辺ダムの湖は町のシンボルで、湖岸には散策道や公園が整えられています。静かな湖面はボート競技に適しており、「ボート王国かわべ」として全国の漕艇愛好家に知られています。

今の川辺町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,860人です。今の区域で数えた1975年の10,083人とくらべると2.2%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.0%です。

9,860人人口(2020年)
−2.2%1975年からの増減
41.16km²面積(国土地理院)
240人/km²人口密度
32.0%65歳以上の割合
11,0131975199020052020
15歳未満 12.6%15〜64歳 55.4%65歳以上 32.0%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

見どころ・祭り

  • 川辺ダム湖(飛水湖)町のシンボル。湖岸に散策道や公園
  • 岐阜県川辺漕艇場ボート王国かわべの競技拠点
  • 納古山町内の最高峰
  • 南天の滝町内の滝
  • 川辺おどり町の祭り・踊り

花さつき川辺町の花

川辺町のなりたち

川辺町(かわべちょう)は、岐阜県中濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。三和村・上米田村・下麻生町・川辺町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の川辺町になりました。

今の名前「川辺町」は、1920年にあった川辺町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の川辺町が約18km²だったのに対し、今の川辺町は約41km²と、およそ2.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は加茂郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧下麻生町の区域には下麻生駅(高山本線)があります。

41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
41km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「川辺町」という名前

町名は、江戸時代から飛騨川沿いに並んでいた上川辺村・中川辺村・下川辺村という村々の名に由来します。1889年(明治22年)の町村制で下川辺村・中川辺村などが合わさって川辺村となり、1897年(明治30年)にこの川辺村と上川辺村の大部分が合併して川辺町が生まれました。「川辺」という呼び名が古くからこの地域の村名として使われてきたことが、そのまま町名に受け継がれています。

まちの成り立ち

川辺町の歩みの特徴は、隣の村や町が「分かれて」加わってきたことです。

1889年(明治22年)の町村制で、下川辺村・中川辺村・西栃井村・石神村が合わさって川辺村が、福島村・下飯田村・比久見村・下吉田村が合わさって上米田村が生まれました。上川辺村と下麻生村は合わさって麻川村となりましたが、1893年(明治26年)には再び上川辺村と下麻生村に分かれ、下麻生村は1896年に町制を施行して下麻生町となりました。

1897年(明治30年)4月1日、川辺村と上川辺村の大部分が合併して川辺町が発足しました。上川辺村の残りの部分は、同じ日に川浦村・廿屋村・鹿塩村と合わさって三和村となっています。

昭和の大合併では、まず1954年(昭和29年)4月1日に三和村が分かれ、鹿塩地区が川辺町に編入されました。三和村の残りは、同じ日に発足した美濃加茂市に加わりました。翌1955年4月1日には、飛騨川の対岸の上米田村と新設合併し、新しい川辺町が発足しました。さらに1956年(昭和31年)9月30日、下麻生町が二つに分かれ、南部の下麻生地区が川辺町に、北部の中麻生地区が七宗村(現在の七宗町)に編入されました。こうして現在の町域ができあがりました。

平成の合併期には、2003年に美濃加茂市・加茂郡の町村で合併協議会が設けられましたが、2004年末に解散し、川辺町は単独で歩むことになりました。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、加茂郡に川辺村(下川辺村・中川辺村・西栃井村・石神村が合併)、上米田村(福島村・下飯田村・比久見村・下吉田村が合併)、麻川村(上川辺村・下麻生村が合併)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1893年4月27日明治26年麻川村が分かれて、上川辺村と下麻生村になった。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1896年11月13日明治29年下麻生村が町制を施行し、下麻生町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1897年4月1日明治30年川辺村と上川辺村の大部分が合併し、川辺町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1897年4月1日明治30年川浦村・廿屋村・鹿塩村と上川辺村の一部が合併し、三和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1954年4月1日昭和29年三和村が分割され、鹿塩地区が川辺町に編入された(三和村の残りは美濃加茂市の発足に加わった)。種類:一部編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp
  7. 1955年4月1日昭和30年川辺町と上米田村が合併し、新しい川辺町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.gifu.lg.jp
  8. 1956年9月30日昭和31年下麻生町が分割され、下麻生地区が川辺町に、中麻生地区が七宗村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

川辺町1889〜今
下麻生町1896〜1956同じ名前の駅:下麻生駅
上米田村1889〜1955
三和村1897〜1954

参考にした資料