今の美濃加茂市
岐阜県の中南部、可茂盆地の北西部にあたる太田盆地を市域とする市です。北東の飛騨高地から南西へなだらかに下る地形で、市街地の南を木曽川が流れ、飛騨川がこれに合流します。北部は山あいの農地、中部の台地には梨や柿の果樹園と工業団地、南部の木曽川沿いに市街地が広がります。中山道の太田宿として栄え、昭和30年代以降は工場の誘致が進みました。日系ブラジル人など外国籍の住民が多く暮らす、多文化共生のまちでもあります。
今の美濃加茂市の区域の人口は、2020年の国勢調査で56,689人です。今の区域で数えた1975年の37,524人とくらべると51.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は23.4%です。
主な産業:工作機械や電子部品などの製造業が盛んで、台地では梨や柿が栽培されます。
特産品・名産
- 堂上蜂屋柿渋柿からつくる伝統の干し柿
見どころ・祭り
- 中山道太田宿10月の中山道まつりで姫道中
- ぎふ清流里山公園11月のみのかも市民まつりの会場
- 美濃加茂市民ミュージアムみのかも文化の森の中にある博物館
- 正眼寺伊深にある寺。10月12日に開山忌
- おん祭MINOKAMO8月に花火と盆踊り大会を開催
木むく花あじさい美濃加茂市の木・花
美濃加茂市のなりたち
美濃加茂市(みのかもし)は、岐阜県中濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。三和村・伊深村・山之上村・蜂屋村・下米田村・加茂野村・古井村・太田町・和知村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の美濃加茂市になりました。
今の名前「美濃加茂市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の三和村が約19km²だったのに対し、今の美濃加茂市は約74km²と、およそ3.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は加茂郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧加茂野村の区域には加茂野口駅(長良川鉄道 越美南線)があります。旧古井村の区域には古井駅(高山本線)があります。
「美濃加茂市」という名前
市名は、この地が美濃国の加茂郡に属していたことに由来します。1954年(昭和29年)4月1日、加茂郡の太田町・古井町など7町村と2村の一部が合併して市をつくる際、国名と郡名を組み合わせて「美濃加茂市」と名づけられました。中心となった旧太田町は中山道の太田宿があった町で、その名はJRの美濃太田駅などに今も残っています。
まちの成り立ち
美濃加茂市は、木曽川と飛騨川が合わさるあたりに広がる市で、中山道の太田宿を中心に発展してきました。
1889年(明治22年)の町村制で、加茂郡に太田町や蜂屋村・古井村・下米田村・山之上村・伊深村・和知村など多くの町村が生まれました。1897年には村の統合が行われ、川浦村・廿屋村などが合わさって三和村が、今泉村・鷹巣村など6村が合わさって加茂野村ができています。古井村は1924年に町となり、1950年には坂祝村の深田が太田町に編入されました。
1954年(昭和29年)4月1日、太田町・古井町・山之上村・蜂屋村・加茂野村・伊深村・下米田村の7町村と、三和村のうち廿屋・川浦、和知村のうち牧野が合併して美濃加茂市が発足しました。三和村の残りの鹿塩は川辺町に、和知村の残りは翌1955年1月に八百津町に入っています。さらに同年3月には、市に加わった牧野のうち上牧野地区が八百津町に移りました。
平成の大合併では、2003年に美濃加茂市と加茂郡の6町1村で合併協議会を設けました。もともと同じ生活圏で、編入合併の構想もありましたが、2004年の住民投票で美濃加茂市側の反対が多数となり、協議会は解散しました。
1990年代後半からは、古井地区などを中心に日系ブラジル人などの外国人住民が増え、外国人集住都市会議にも加わるなど、多文化共生の取り組みが進められています。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、加茂郡に太田町(太田村が町制)・蜂屋村・古井村・下米田村・山之上村・伊深村・和知村・川浦村・廿屋村のほか、今泉村・鷹巣村・加茂野村など多くの村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年川浦村・廿屋村・鹿塩村と上川辺村の一部が合併して三和村が、今泉村・鷹巣村・市橋村・稲辺村・加茂野村・木野村が合併して加茂野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1924年12月1日大正13年古井村が町制を施行し、古井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1950年8月10日昭和25年坂祝村の一部(深田)が太田町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1954年4月1日昭和29年太田町・古井町・山之上村・蜂屋村・加茂野村・伊深村・下米田村と、三和村の一部(廿屋・川浦)、和知村の一部(牧野)が合併し、美濃加茂市が発足した。三和村の残り(鹿塩)は川辺町に編入された。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年1月31日昭和30年和知村の残りの区域は八百津町に編入された(美濃加茂市には入っていない)。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1955年3月25日昭和30年美濃加茂市の一部(牧野のうち上牧野地区)が八百津町に編入された。種類:その他 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。