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大垣市おおがきし

1920年には23の町村だった区域が、18回の合併・編入を経て、今の大垣市になりました。

23町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の大垣市

岐阜県の西濃地方の中心となる市で、濃尾平野の北西部にあります。揖斐川や杭瀬川、水門川など多くの川が流れる水郷地帯で、全国有数の自噴帯にあたり、豊かな地下水から「水の都」と呼ばれます。江戸時代は大垣藩の城下町で、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅を終えた結びの地でもあります。平成の合併で加わった上石津・墨俣の両地域は市の中心部から離れた飛地となっています。製造業が集まる工業都市としての顔も持ちます。

今の大垣市の区域の人口は、2020年の国勢調査で158,286人です。今の区域で数えた1975年の153,444人とくらべると3.2%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.6%です。

158,286人人口(2020年)
+3.2%1975年からの増減
206.57km²面積(国土地理院)
766人/km²人口密度
27.6%65歳以上の割合
162,0701975199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 59.5%65歳以上 27.6%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:プリント基板や自動車部品、精密機械、ガラス瓶などの製造業が盛んです。

特産品・名産

  • 水まんじゅう湧き水で冷やす夏の名物菓子
  • 大垣の枡地域団体商標に登録された木枡
  • 金蝶園饅頭大垣の名産として知られるまんじゅう

見どころ・祭り

  • 大垣城関ヶ原の戦いで西軍の拠点となった城
  • 奥の細道むすびの地記念館芭蕉の旅の終着点に建つ記念館
  • 大垣祭国の重要無形民俗文化財。5月開催
  • 中山道赤坂宿中山道の宿場。お茶屋屋敷跡が残る
  • 昼飯大塚古墳県内最大規模の前方後円墳

木クスノキ花サツキ大垣市の木・花

大垣市のなりたち

大垣市(おおがきし)は、岐阜県西濃地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、23の町村がありました。北杭瀬村・南杭瀬村・多芸島村・安井村・宇留生村・静里村・綾里村・洲本村・浅草村・川並村・中川村・和合村・三城村・南平野村・青墓村・荒崎村・牧田村・一之瀬村・多良村・時村・赤坂町・墨俣町・大垣市です。これらの町村が、18回の合併や編入を経て、今の大垣市になりました。

今の名前「大垣市」は、1920年にあった大垣市の名前を受け継いでいます。ほかの22の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の大垣市が約6km²だったのに対し、今の大垣市は約205km²と、およそ34.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は不破郡・安八郡・養老郡に属していました。

231920年の町村の数
18回合併・編入の回数
207km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「大垣市」という名前

市名は、1889年(明治22年)の町村制で生まれ、1918年(大正7年)4月1日に市制を施行した大垣町の名をそのまま受け継いでいます。大垣は江戸時代に戸田氏の城下町として栄えた町です。市議会の資料にある市章の説明によると、大垣はかつて「大柿」とも呼ばれており、市章は「大」の字を図案化しながら、柿の実の「へた」の形も表しています。

まちの成り立ち

大垣は戸田氏10万石の城下町で、美濃路の宿場も置かれた西濃の中心地です。1889年(明治22年)の町村制で安八郡大垣町が生まれ、周りには小さな村がたくさん発足しました。1897年(明治30年)には郡の再編とあわせて村の統合が進み、北杭瀬村・浅草村・洲本村・安井村・川並村・中川村・三城村や、不破郡の青墓村・荒崎村などが形を整えました。

1918年(大正7年)4月1日、大垣町は市制を施行して大垣市となります。昭和に入ると、1928年に北杭瀬村のうち木戸・南一色など5つの大字(池尻・興福地は赤坂町へ)、1934年に南杭瀬村、1935年に多芸島村、1936年に安井村、1940年に宇留生村・静里村を編入しました。戦後も1947年の綾里村・洲本村から1952年の三城村まで編入が続き、1954年には荒崎村(大字綾戸を除く)が加わっています。

中山道の宿場町だった赤坂は、1901年に町となり、1954年に青墓村と合併して改めて赤坂町となったのち、1967年(昭和42年)に大垣市へ編入されました。

平成の合併では、2003年に西濃圏域合併協議会が設けられましたが広域の合併はまとまらず、大垣市・上石津町・墨俣町の1市2町で協議が進められました。2006年(平成18年)3月27日、上石津町と墨俣町が大垣市に編入されています。上石津町は1955年に牧田・一之瀬・多良・時の4村が合併してできた町、墨俣町は一夜城の伝説で知られる町です。どちらも旧市とは他の市町をはさんで離れた飛び地で、二つの地域を合わせた面積は旧大垣市より広くなっています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、安八郡に大垣町・墨俣村・和合村・南杭瀬村などと、のちに合併する多数の小村が、不破郡に赤坂村・青墓村・静里村・綾野村などが、上石津郡に冠村・時山村・多良村・牧田村・一之瀬村・乙坂村が、多芸郡に多芸島村・上笠村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年7月1日明治22年町村制の施行にあたり、不破郡の青柳村と若森村の大部分が安八郡南杭瀬村の区域に、若森村の残りが安八郡大垣町の区域に加わった。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1890年3月24日明治23年上石津郡冠村が時村に改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  4. 1894年9月24日明治27年墨俣村が町制を施行し、墨俣町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1897年4月1日明治30年郡の再編により、多芸島村・上笠村・東大外羽村・西大外羽村・高淵村が多芸郡から安八郡に移り、上石津郡の村々は新設の養老郡に属することになった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  6. 1897年4月1日明治30年安八郡で村の統合が行われ、北杭瀬村(池尻村・興福地村・河間村など7村)、浅草村(浅草東・中・西村と養老郡横曽根村)、洲本村、安井村、多芸島村、川並村、中川村、三城村、南平野村などが発足し、墨俣町は西橋村・下宿村・二ツ木村と合併して改めて墨俣町となった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1897年4月1日明治30年不破郡で村の統合が行われ、宇留生村・静里村・綾里村(綾野村と養老郡野口村)・荒崎村・青墓村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1897年4月1日明治30年養老郡で牧田村と乙坂村が合併して牧田村に、時村と時山村が合併して時村になった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1901年5月22日明治34年不破郡赤坂村が町制を施行し、赤坂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  10. 1918年4月1日大正7年大垣町が市制を施行し、大垣市となった。種類:市制施行 出典:www.city.ogaki.lg.jp
  11. 1928年4月15日昭和3年安八郡北杭瀬村が分けられ、木戸・南一色・笠木・笠縫・河間が大垣市に、池尻・興福地が不破郡赤坂町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
  12. 1934年12月5日昭和9年安八郡南杭瀬村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  13. 1935年6月1日昭和10年安八郡多芸島村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  14. 1936年6月1日昭和11年安八郡安井村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  15. 1940年2月11日昭和15年不破郡宇留生村と静里村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  16. 1947年10月1日昭和22年不破郡綾里村と安八郡洲本村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  17. 1948年6月1日昭和23年安八郡浅草村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  18. 1948年10月1日昭和23年安八郡川並村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  19. 1948年10月1日昭和23年安八郡牧村の一部(馬瀬)が大垣市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  20. 1949年4月1日昭和24年安八郡中川村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  21. 1951年4月1日昭和26年安八郡和合村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  22. 1952年6月1日昭和27年安八郡三城村が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  23. 1954年4月1日昭和29年安八郡南平野村が分けられ、草道島と四成字青木が不破郡赤坂町に編入された(残りは神戸町の合併に加わった)。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  24. 1954年9月1日昭和29年不破郡赤坂町と青墓村が合併し、改めて赤坂町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  25. 1954年10月1日昭和29年不破郡荒崎村(9月10日に垂井町へ移った大字綾戸を除く)が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  26. 1955年1月15日昭和30年養老郡牧田村・一之瀬村・多良村・時村が合併し、上石津村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  27. 1956年4月1日昭和31年揖斐郡池田町の一部(南市橋)が不破郡赤坂町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  28. 1967年9月1日昭和42年不破郡赤坂町が大垣市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  29. 1969年4月1日昭和44年上石津村が町制を施行し、上石津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  30. 2006年3月27日平成18年安八郡墨俣町と養老郡上石津町が大垣市に編入された。種類:編入 出典:www.city.ogaki.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大垣市1918〜今
墨俣町1894〜2006
上石津村→上石津町1955〜2006
牧田村1889〜1955
一之瀬村1889〜1955
多良村1889〜1955
時村1890〜1955
赤坂町1901〜1967
青墓村1889〜1954
南平野村1897〜1954
荒崎村1897〜1954
三城村1897〜1952
和合村1889〜1951
中川村1889〜1949
川並村1897〜1948
浅草村1897〜1948
綾里村1897〜1947
洲本村1897〜1947
宇留生村1897〜1940
静里村1889〜1940
安井村1897〜1936
多芸島村1889〜1935
南杭瀬村1889〜1934
北杭瀬村1897〜1928

参考にした資料