今の瑞穂市
濃尾平野の北西部、長良川と揖斐川にはさまれた平らな土地に広がる市で、2003年に穂積町と巣南町が合併して誕生しました。岐阜市と大垣市のあいだにあり、JR東海道線の穂積駅を抱えることから、岐阜や名古屋へ通う人のベッドタウンとして人口が増えてきました。市内には五六川や犀川など多くの川が流れます。旧巣南町は富有柿の発祥地で、原木が今も残ります。中山道の美江寺宿や、皇女和宮ゆかりの呂久の渡し跡に整えられた小簾紅園など、街道の歴史も伝わります。
今の瑞穂市の区域の人口は、2020年の国勢調査で56,388人です。今の区域で数えた1975年の27,230人とくらべると107.1%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は21.2%です。
主な産業:岐阜・名古屋方面のベッドタウンとして発展し、富有柿やサボテンの栽培も行われています。
特産品・名産
- 富有柿発祥の地とされ、原木は市指定天然記念物
- サボテン日本一のサボテン専用農場「サボテン村」
見どころ・祭り
- 中山道 美江寺宿跡美江神社や本陣跡、一里塚跡が残る
- 小簾紅園和宮が渡った呂久の渡し跡の公園
- 天神神社(伊久良河宮跡)倭姫命が滞在したと伝わる地
- 富有柿の原木市指定天然記念物
木桜花アジサイ瑞穂市の木・花
瑞穂市のなりたち
瑞穂市(みずほし)は、岐阜県岐阜地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。川崎村・船木村・鷺田村・本田村・牛牧村・生津村・穂積村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の瑞穂市になりました。
今の名前「瑞穂市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の穂積村が約6km²だったのに対し、今の瑞穂市は約28km²と、およそ4.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は本巣郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧穂積村の区域には穂積駅(東海道本線)があります。
「瑞穂市」という名前
市名の「瑞穂」は、古事記や日本書紀に日本の美称として現れる「豊葦原之瑞穂国」から取られた名前です。市の公式ページは、倭姫命が天照大神をまつる地を求めて美濃国の伊久良河宮(今の瑞穂市居倉)にとどまり、生津から川を下って伊勢へ向かったという地元の伝説を紹介し、こうした歴史を踏まえて市名を決めたと説明しています。報道によれば、市名は合併協議会での投票で最終決定されました。
「葦がしげり、稲穂がみずみずしく育って、豊かな国」── 瑞穂市「市章・名前の由来」
まちの成り立ち
瑞穂市は、2003年(平成15年)5月1日に本巣郡の穂積町と巣南町が合併して発足しました。1889年(明治22年)7月1日の町村制では、本巣郡に穂積村・別府村・稲里村・本田村・只越村・牛牧村・十九条村・野畠村・祖父江村・生津村・馬場村・美江寺村・重里村・十七条村・十八条村が、大野郡に宝江村・呂久村・居倉村・大月村など12村が置かれました。1897年(明治30年)4月1日、郡の再編で大野郡のこの地域は本巣郡に移り、同時に村の統合で穂積村・本田村・牛牧村・生津村・船木村・鷺田村・川崎村などが生まれます。穂積村は1948年(昭和23年)に町制を施行しました。昭和の大合併では、はじめ本巣郡南部の6町村での合併が話し合われたものの、まとまりませんでした。結局、1954年(昭和29年)9月20日に川崎村・鷺田村・船木村が合併して巣南村となり、11月3日には穂積町・本田村・牛牧村と生津村の南部(生津・馬場)が合併して改めて穂積町が発足しました。生津村の残りは翌年北方町と合併しています。鷺田村の宝江では穂積町への編入を望む住民運動が続き、1957年(昭和32年)7月1日に宝江は巣南村から穂積町へ移りました。巣南村は1964年(昭和39年)に町制を施行しています。平成の大合併では北方町を含む枠組みなども検討されましたが、最終的に2町で合併し、市役所は旧穂積町役場に置かれました。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、本巣郡に穂積村・別府村・稲里村・本田村・只越村・牛牧村・十九条村・野畠村・祖父江村・生津村・馬場村・美江寺村・重里村・十七条村・十八条村が、大野郡に宝江村・古橋村・横屋村・中宮村・呂久村・唐栗村・森村・七崎村・田ノ上村・宮田村・大月村・居倉村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年郡制の施行に向けて郡の再編が行われ、大野郡のうちこの地域(後の鷺田村・川崎村)が本巣郡に移った。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年村の統合が行われ、穂積村・別府村・稲里村が穂積村に、本田村・只越村が本田村に、牛牧村・十九条村・野畠村・祖父江村が牛牧村に、生津村・馬場村と高屋村・柱本村が生津村に、美江寺村・重里村・十七条村・十八条村が船木村に、宝江村・古橋村・横屋村・中宮村・呂久村が鷺田村に、唐栗村など7村が川崎村にまとまった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1948年10月1日昭和23年穂積村が町制を施行し、穂積町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年9月20日昭和29年川崎村・鷺田村・船木村が合併し、巣南村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年11月3日昭和29年穂積町・本田村・牛牧村と生津村の一部(生津・馬場)が合併し、改めて穂積町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年生津村の残りの区域(旧高屋村・柱本村)が北方町と合併し、生津村は消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1957年7月1日昭和32年巣南村の一部(宝江)が穂積町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1964年4月1日昭和39年巣南村が町制を施行し、巣南町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2003年5月1日平成15年穂積町と巣南町が合併し、瑞穂市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。