今の神戸町
岐阜県の西部、安八郡に属する町で、濃尾平野の北西の端に位置し、大垣市の北隣にあたります。町域に山はなく、揖斐川や平野井川が流れる平らな土地が広がりますが、周りの市町の山々が間近に迫って見えます。2004年には住民投票で大垣市との合併協議から離れ、単独の町として歩んでいます。町の中心にある日吉神社の5月の日吉山王祭には多くの人が訪れ、夜叉ヶ池伝説の里としても知られています。
今の神戸町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,585人です。今の区域で数えた1975年の16,681人とくらべると11.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.5%です。
主な産業:バラやアルストロメリアなどの花卉、小松菜などの野菜の生産で知られます。
特産品・名産
- バラ町の花でもある主要な花卉
- アルストロメリア町で生産される花卉
- 小松菜町で生産される野菜
見どころ・祭り
- 日吉神社稲葉一鉄寄進の三重塔は重要文化財
- 日吉山王祭5月3・4日。松明と走るみこしが名物
- ばら公園いこいの広場約300品種のバラが咲く公園
- 瑠璃光寺白隠の書跡は岐阜県指定文化財
- 龍神祭夜叉ヶ池伝説にちなみ毎年8月17日
木もちの木花バラ神戸町の木・花
神戸町のなりたち
神戸町(ごうどちょう)は、岐阜県西濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。北平野村・南平野村・下宮村・川合村・神戸町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の神戸町になりました。
今の名前「神戸町」は、1920年にあった神戸町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の神戸町が約5km²だったのに対し、今の神戸町は約19km²と、およそ3.4倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は安八郡・揖斐郡に属していました。
「神戸町」という名前
町名は「ごうど」と読みます。町名の由来について、町の公式サイトや確認できた資料には明確な説明が見当たりませんでした。町の歴史は、817年(弘仁8年)に郡司の安八太夫安次がこの地を開いたことに始まると伝えられ、のちに比叡山延暦寺の荘園「平野荘」として栄えました。1889年(明治22年)に神戸村が発足し、1892年(明治25年)に町制を施行して神戸町となっています。
まちの成り立ち
神戸町の中心部は、延暦寺の荘園「平野荘」の時代から、日吉神社の門前町として市が立ち、明治のはじめまでにぎわいました。
1889年(明治22年)7月1日の町村制で、神戸村・川西村・下宮村・新屋敷村が合わさって神戸村が発足し、1892年(明治25年)に町制を施行して神戸町となりました。1897年(明治30年)には大きな組み替えがあり、神戸町は末守村・北一色村・更屋敷村と合併する一方、下宮・新屋敷の地区は分かれて、落合村・柳瀬村などと一緒に下宮村となりました。同じ年、周りでは田村・横井村・白鳥村などから北平野村が、加納村・四成村・草道島村などから南平野村が生まれています。
昭和の合併では、村が分かれて加わる形が続きます。1950年(昭和25年)4月1日、北平野村が分割され、白鳥地区は揖斐郡池田村に、残りは神戸町に編入されました。1954年(昭和29年)4月1日には、神戸町・下宮村と南平野村が新設合併して改めて神戸町が発足しましたが、南平野村の草道島と青木は不破郡赤坂町(現在の大垣市)に移りました。さらに1960年(昭和35年)4月1日、揖斐郡大野町の大字西座倉を編入しました。西座倉は、旧川合村の時代から神戸町への合流を強く望んでいた地区です。
平成の合併期には、大垣市などとの合併協議に加わりましたが、2004年(平成16年)の住民投票を受けて協議から離れ、単独の町として歩んでいます。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、安八郡の神戸村・川西村・下宮村・新屋敷村が合併して神戸村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1892年8月明治25年神戸村が町制を施行し、神戸町となった。種類:町制施行 出典:www.town.godo.gifu.jp
- 1897年4月1日明治30年神戸町が末守村・北一色村・更屋敷村と合併し、改めて神戸町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年神戸町の一部(下宮・新屋敷)が分かれ、落合村・柳瀬村・瀬古村・斎田村と合併して下宮村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年田村・横井村・安次村・丈六道村・白鳥村が合併して北平野村が、加納村・四成村・中沢村・南方村・西保村・草道島村が合併して南平野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1950年4月1日昭和25年北平野村が分割され、大字横井・田・安次・丈六道が神戸町に編入され、大字白鳥は揖斐郡池田村に編入された。種類:分割 出典:www.pref.gifu.lg.jp
- 1954年4月1日昭和29年神戸町・下宮村と南平野村(草道島・青木を除く)が合併し、改めて神戸町が発足した。南平野村の草道島と青木は不破郡赤坂町に編入された。種類:新設合併 出典:www.pref.gifu.lg.jp
- 1960年4月1日昭和35年揖斐郡大野町の大字西座倉(旧川合村の一部)が神戸町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。