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高山市たかやまし

1920年には14の町村だった区域が、6回の合併・編入を経て、今の高山市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の高山市

岐阜県北部、飛騨地方の中心となる市です。2005年に周辺9町村と合併し、市域の広さは全国の市町村で最大となりました。北東部には槍ヶ岳や穂高岳、乗鞍岳など北アルプスの山々がそびえ、市内の分水嶺を境に川は太平洋側へも日本海側へも流れ出します。中心市街地には城下町・商家町の町並みが残り「飛騨の小京都」とも呼ばれ、高山祭や温泉、スキー場を目当てに国内外から多くの観光客が訪れます。

今の高山市の区域の人口は、2020年の国勢調査で84,419人です。今の区域で数えた1975年の91,573人とくらべると7.8%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.4%です。

84,419人人口(2020年)
−7.8%1975年からの増減
2,177.61km²面積(国土地理院)
39人/km²人口密度
33.4%65歳以上の割合
97,0231975199020052020
15歳未満 12.5%15〜64歳 54.1%65歳以上 33.4%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:観光業に加え、家具生産や一位一刀彫などの木工、高原野菜・飛騨牛の農畜産業が盛んです。

特産品・名産

  • 飛騨牛市内で生産される質の高い牛肉
  • 一位一刀彫イチイ材を彫る伝統工芸品
  • 飛騨春慶木目を生かした漆塗りの工芸品
  • 赤かぶら(飛騨紅かぶ)地域の特産野菜。漬物にも
  • 宿儺かぼちゃ地域の特産野菜

見どころ・祭り

  • 高山祭春4月14・15日、秋10月9・10日。屋台が町を巡る
  • 古い町並み(三町)重要伝統的建造物群保存地区
  • 高山陣屋幕府領時代の役所の建物
  • 宮川朝市・陣屋朝市中心市街地で開かれる朝市
  • 臥龍桜国の天然記念物(宮地区)

木イチイ花コバノミツバツツジ高山市の木・花

高山市のなりたち

高山市(たかやまし)は、岐阜県飛騨地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。灘村・大名田村・上枝村・大八賀村・上宝村・国府村・丹生川村・清見村・朝日村・荘川村・高根村・久々野村・宮村・高山町です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の高山市になりました。

今の名前「高山市」は、1920年にあった高山町の名前を受け継いでいます。ほかの13の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は吉城郡・大野郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、吉城郡は2005年(平成17年)2月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧上枝村の区域には上枝駅(高山本線)があります。旧久々野村の区域には久々野駅(高山本線)があります。

141920年の町村の数
6回合併・編入の回数
2,178km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「高山市」という名前

市名は、1936年(昭和11年)の市制で中心となった高山町の名を引き継いだものです。高山は、天正年間に金森長近が築いた高山城の城下町として整えられた町で、1875年(明治8年)に高山一之町村・二之町村・三之町村が合わさって「高山町」となりました。江戸時代の半ばに飛騨が幕府領となると、城は取り壊され、高山には代官所(のちの郡代役所、高山陣屋)が置かれて、飛騨一円を治める中心であり続けました。

「高山市は、平成17年2月に近隣9町村と合併しました。」── 高山市「市町村合併の経緯」

まちの成り立ち

高山は金森氏の城下町として始まり、1692年(元禄5年)に飛騨が幕府領になってからは、高山陣屋の代官・郡代が治める町となりました。明治の初めには飛騨県・高山県を経て、1871年(明治4年)に信濃の諸県とともに筑摩県となり、1876年(明治9年)に岐阜県へ移っています。

1889年(明治22年)の町村制で高山町が生まれ、周りには大名田村などの村ができました。大名田村からは1892年に灘村と大八賀村が分かれ、大名田村は1923年に町になります。1926年には灘村が高山町に編入され、1936年(昭和11年)11月1日、高山町と大名田町が合併して高山市が誕生しました。その後、1943年に上枝村、1955年に大八賀村を編入しています。周辺では、1950年に朝日村・高根村が益田郡から大野郡に移り、1954年に久々野村、1964年に国府村が町になりました。

大きな転機は2005年(平成17年)2月1日です。丹生川村・清見村・荘川村・宮村・久々野町・朝日村・高根村・国府町・上宝村の9町村を編入し、面積2,177.61平方キロメートルという、東京都に匹敵する日本一広い市になりました。合併協議は2002年に任意の飛騨地域合併推進協議会で始まり、2003年1月に法定の飛騨地域合併協議会が置かれて進みました。白川村も当初は協議に加わっていましたが、途中で離脱しています。

旧町村の名は、丹生川町・清見町・荘川町・上宝町など、市内の町名としていまも残っています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、大野郡に高山町・大名田村・丹生川村・清見村・上枝村・荘川村・宮村・久々野村・河内村、吉城郡に国府村・上宝村、益田郡に朝日村・高根村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年7月1日明治22年町村制の施行にあたり、清見村の一部(前原・赤保木・山田・新宮など10組)が分かれて上枝村となった。種類:分割 出典:Wikipedia
  3. 1889年7月1日明治22年益田郡朝日村の一部(久須母・柳島・大西・小屋名・辻の各組)が大野郡久々野村に入った。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  4. 1892年5月19日明治25年大名田村の一部(上岡本・下岡本・松本など)が分かれて灘村が、別の一部(三福寺・松ノ木・五名・大島など)が分かれて大八賀村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
  5. 1897年4月1日明治30年久々野村と河内村が合併し、改めて久々野村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1923年10月10日大正12年大名田村が町制を施行し、大名田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 1926年10月1日大正15年灘村が高山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  8. 1936年11月1日昭和11年高山町と大名田町が合併し、市制を施行して高山市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1943年4月1日昭和18年上枝村が高山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  10. 1950年4月1日昭和25年朝日村と高根村の所属が益田郡から大野郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  11. 1954年4月1日昭和29年久々野村が町制を施行し、久々野町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  12. 1955年4月1日昭和30年大八賀村が高山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  13. 1964年11月3日昭和39年国府村が町制を施行し、国府町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  14. 2005年2月1日平成17年大野郡の丹生川村・清見村・荘川村・宮村・久々野町・朝日村・高根村と、吉城郡の国府町・上宝村が高山市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

高山町→高山市1897〜今
上宝村1889〜2005
国府村→国府町1889〜2005
丹生川村1889〜2005
清見村1889〜2005
朝日村1889〜2005
荘川村1889〜2005
高根村1889〜2005
久々野村→久々野町1889〜2005同じ名前の駅:久々野駅
宮村1889〜2005
大八賀村1892〜1955
上枝村1889〜1943同じ名前の駅:上枝駅
大名田村1889〜1936
灘村1892〜1926

参考にした資料