今の笠松町
岐阜県南部、羽島郡にある町で、北は岐阜市に接し、南は木曽川をはさんで愛知県と向き合います。濃尾平野のなかでも木曽川右岸に帯のように延びる低い土地にあり、かつては水害が多く、輪中や堤防の史跡が今も残ります。江戸時代には美濃郡代の陣屋が置かれ、木曽川水運の湊町として商いで栄えました。現在は岐阜市・名古屋方面への通勤圏の住宅地であり、地方競馬の笠松競馬場や奈良津堤の桜並木でも知られています。
今の笠松町の区域の人口は、2020年の国勢調査で22,208人です。今の区域で数えた1975年の22,457人とくらべると1.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は28.2%です。
主な産業:木曽川水運の湊町として商業で栄え、本町通りには古くからの商店が残ります。
見どころ・祭り
- 笠松競馬場町内にある地方競馬の競馬場
- 奈良津堤の桜木曽川の堤に続く桜並木
- 笠松陣屋跡美濃郡代の陣屋、のちの笠松県庁跡
- 笠松の奴行列岐阜県重要無形民俗文化財
- 円城寺の芭蕉踊岐阜県重要無形民俗文化財
木松笠松町の木
笠松町のなりたち
笠松町(かさまつちょう)は、岐阜県岐阜地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。松枝村・下羽栗村・笠松町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の笠松町になりました。
今の名前「笠松町」は、1920年にあった笠松町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の笠松町が約2km²だったのに対し、今の笠松町は約10km²と、およそ5.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は羽島郡に属していました。
「笠松町」という名前
この地はかつて「傘町」と呼ばれていたといわれます。江戸時代、1662年(寛文2年。1669年とする説もあります)に美濃郡代の陣屋がここへ移されたとき、「傘町」を「笠松」と改めたと伝えられます。明治に入り、1875年(明治8年)に笠松村・徳田新田・奈良津新田が合わさって笠松村となり、1889年(明治22年)に町制を施行して笠松町となりました。その名が今も町名として続いています。
まちの成り立ち
笠松町は木曽川の北岸にある小さな町ですが、かつては美濃の中心地でした。この一帯はもともと尾張国葉栗郡でしたが、1586年(天正14年)の大洪水で木曽川の流れが変わり、美濃国羽栗郡に移ったと伝えられます。江戸時代は幕府の直轄地で美濃郡代の笠松陣屋が置かれ、幕末には笠松県の県庁、明治のはじめには岐阜県庁が置かれていました。
1889年(明治22年)7月1日、羽栗郡の笠松村は町制を施行して笠松町となりました。1897年(明治30年)4月1日には羽栗郡と中島郡が羽島郡にまとめられ、同じ日に長池村・田代村・北及村・門間村が合併して松枝村が、円城寺村・中野村・無動寺村・江川村・米野村が合併して下羽栗村が生まれています。
その後、1910年(明治43年)に松枝村の一部、1925年(大正14年)に柳津村の一部が笠松町に移りました。昭和に入ると、1950年(昭和25年)8月1日に松枝村を編入し、1955年(昭和30年)4月1日には笠松町と下羽栗村が新設合併して、改めて笠松町が発足しました。
平成の合併期には、岐阜市を中心とする広域合併の協議に加わりましたが、2004年6月の住民投票で反対が賛成を上回り、協議会から離れました。笠松町は今も単独の町として歩んでいます。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行にあたり、羽栗郡の笠松村が町制を施行して笠松町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年郡制の施行に伴い羽栗郡と中島郡が統合され、笠松町などは羽島郡に属することになった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年長池村・田代村・北及村・門間村が合併して松枝村が、円城寺村・中野村・無動寺村・江川村・米野村が合併して下羽栗村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1910年松枝村の一部が境界変更により笠松町に移った。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1925年柳津村の一部が笠松町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1950年8月1日昭和25年松枝村が笠松町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年笠松町と下羽栗村が合併し、改めて笠松町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.gifu.lg.jp
- 1973年4月1日昭和48年笠松町大字門間の一部(字川原・北沼・湯ノ戸・新田)と大字田代の一部が柳津町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。