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羽島市はしまし

1920年には12の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の羽島市になりました。

12町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の羽島市

岐阜県の南部、濃尾平野に位置する市です。東を木曽川、西を長良川に挟まれた輪中地帯で、二つの川は市の南端で合流します。北辺の境川はかつての木曽川本流で、美濃と尾張の国境でした。東海道新幹線の岐阜羽島駅と名神高速道路の岐阜羽島インターチェンジがあり、県の玄関口となっています。城下町として栄えた竹鼻の町並みには藤や大仏が残り、田園ではハツシモなどの米づくりが続いています。

今の羽島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で65,649人です。今の区域で数えた1975年の52,570人とくらべると24.9%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.8%です。

65,649人人口(2020年)
+24.9%1975年からの増減
53.66km²面積(国土地理院)
1,223人/km²人口密度
27.8%65歳以上の割合
67,3371975199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 59.2%65歳以上 27.8%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ハツシモを中心とした米づくりなどの農業と、繊維業が盛んです。

特産品・名産

  • ハツシモ岐阜県特有の品種の米
  • 十六ささげ莢が細長い豆。栽培地は数少ない
  • 柿米に次いで栽培が多い作物
  • イチゴ市内で栽培が多い作物

見どころ・祭り

  • 竹鼻別院の藤竹鼻町の寺院に咲く藤
  • 佐吉大仏永田佐吉が造った大仏。県指定文化財
  • 美濃竹鼻祭り・ふじまつり祭りの山車は県指定文化財
  • 大賀ハスまつり7月に開かれるハスの祭り
  • 中観音堂・羽島円空資料館円空作の仏像を伝える

木貝塚伊吹花美濃菊羽島市の木・花

羽島市のなりたち

羽島市(はしまし)は、岐阜県岐阜地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、12の町村がありました。駒塚村・竹ヶ鼻町・八神村・小薮村・足近村・小熊村・正木村・福寿村・江吉良村・堀津村・上中島村・下中島村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の羽島市になりました。

今の名前「羽島市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの12の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の正木村が約9km²だったのに対し、今の羽島市は約53km²と、およそ5.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は羽島郡に属していました。

121920年の町村の数
4回合併・編入の回数
54km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「羽島市」という名前

市名の「羽島」は、市がもと属していた羽島郡の名に由来します。羽島郡は1897年(明治30年)に羽栗郡と中島郡をまとめて生まれた郡で、二つの郡名を組み合わせた名前です。1954年(昭和29年)に郡南部の竹ヶ鼻町など10町村が合併して市になった際、中心の町の名ではなく、この郡名が市名に選ばれました。

まちの成り立ち

羽島市は、木曽川と長良川にはさまれた輪中の地に広がる市です。古代から中世にかけて、この地は尾張国の葉栗郡・中島郡に属していましたが、天正14年(1586年)の木曽川の大洪水で流れが市の東側に移ったことで、川の西側が美濃国に組み入れられたと伝えられます。江戸時代は幕府領・尾張藩領・旗本領が入り組む土地でした。

1889年(明治22年)の町村制で、羽栗郡に竹ヶ鼻町が、両郡には数多くの小さな村が生まれました。1897年(明治30年)に羽栗郡と中島郡がまとめられて羽島郡となり、同時に村の統合が行われて足近村・小熊村・福寿村・正木村・駒塚村などができています。1926年には駒塚村が竹ヶ鼻町に編入され、1927年には八神村と小薮村が合併して桑原村が発足しました。

1954年(昭和29年)4月1日、竹ヶ鼻町・足近村・小熊村・正木村・福寿村・江吉良村・堀津村・上中島村・下中島村・桑原村の1町9村が合併して羽島市が発足しました。郡の北部の笠松町・柳津町・岐南町・川島町は加わらず、羽島郡に残りました。

平成の大合併では、2004年4月18日に岐阜市などとの合併の是非を問う住民投票が行われ、反対が上回ったことから、市は岐阜広域合併協議会を離脱しました。1964年に開業した東海道新幹線の駅は「岐阜羽島駅」と名づけられ、市名が駅名に使われています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、羽栗郡に竹ヶ鼻町(竹ヶ鼻村が町制)と南宿村・北宿村・西小熊村・本郷村など多くの村が、中島郡に大浦村・駒塚村・江吉良村・堀津村・八神村・小薮村・大須村など25村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年羽栗郡と中島郡が廃止され、両郡の区域をもって羽島郡が発足した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1897年4月1日明治30年羽島郡で村の統合が行われ、足近村・小熊村・福寿村・正木村・江吉良村・駒塚村・上中島村・下中島村・小薮村が発足し、八神村は大須村の一部を合わせて改めて八神村となった(竹ヶ鼻町・堀津村はそのまま)。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1926年5月1日大正15年駒塚村が竹ヶ鼻町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  5. 1927年4月1日昭和2年八神村と小薮村が合併し、桑原村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1954年4月1日昭和29年羽島郡竹ヶ鼻町・足近村・小熊村・正木村・福寿村・江吉良村・堀津村・上中島村・下中島村・桑原村が合併し、羽島市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

羽島市1954〜今
足近村1897〜1954
小熊村1897〜1954
正木村1897〜1954
福寿村1897〜1954
江吉良村1889〜1954
堀津村1889〜1954
上中島村1897〜1954
下中島村1897〜1954
桑原村1927〜1954
八神村1889〜1927
小薮村1897〜1927
竹ケ鼻町1926〜1954
駒塚村1889〜1926
竹ヶ鼻町1889〜1926

参考にした資料