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輪之内町わのうちちょう

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の輪之内町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の輪之内町

岐阜県西部の安八郡にある町で、揖斐川・長良川・大榑川・牧田川などの川に囲まれています。町名は、堤防で囲んだ集落を指す「輪中」を意味する言葉に由来します。かつては川が流れを変えては氾濫を繰り返す土地で、江戸時代の宝暦治水では大榑川に洗堰が築かれました。1954年に大藪町・仁木村・福束村が合併して発足しています。江戸時代初めには幕府直轄領として将軍家の台所に米を納めた歴史があり、その名を受け継いだブランド米が作られています。

今の輪之内町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,654人です。今の区域で数えた1975年の7,820人とくらべると23.5%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.6%です。

9,654人人口(2020年)
+23.5%1975年からの増減
22.33km²面積(国土地理院)
432人/km²人口密度
26.6%65歳以上の割合
10,0281975199020052020
15歳未満 13.5%15〜64歳 59.9%65歳以上 26.6%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ハツシモを使ったブランド米の稲作や、懸崖菊・ミニバラなどの花の栽培が行われています。

特産品・名産

  • 徳川将軍家御膳米大粒のハツシモを使った町のブランド米
  • 懸崖菊(けんがい菊)昭和30年代から作り続ける鉢植えの菊
  • ミニバラ新品種シルクレッドを種苗登録
  • 菊芋の加工品軽トラ朝市の生産者が作る菊芋茶など
  • 徳川将軍家御膳酒御膳米だけで造る純米吟醸酒

見どころ・祭り

  • 大榑川洗堰跡宝暦治水で築かれた洗堰の跡
  • 輪之内町歴史資料館図書館1階。遺跡の土器や治水資料を展示
  • 薩摩義士の墓(江翁寺・心厳院)町内の寺に残る義士の墓
  • 加毛神社町内の神社

木梅花タンポポ鳥ひばり輪之内町の木・花・鳥

輪之内町のなりたち

輪之内町(わのうちちょう)は、岐阜県西濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。福束村・大藪町・仁木村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の輪之内町になりました。

今の名前「輪之内町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の仁木村が約10km²だったのに対し、今の輪之内町は約22km²と、およそ2.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は安八郡に属していました。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
22km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「輪之内町」という名前

町名の「輪之内」は、洪水を防ぐために堤防で集落をぐるりと囲んだ「輪中」の内側を指す言葉です。この地域では江戸時代から「輪の内」という言い方が日常的に使われており、1954年(昭和29年)に福束輪中の福束村・大藪町・仁木村が合併した際、その言葉をそのまま新しい町名に採りました。旧3町村のどれかの名を選ぶのではなく、暮らしの言葉から名づけた町名です。

まちの成り立ち

輪之内町は、長良川と揖斐川にはさまれた海抜の低い土地にあり、周囲を輪中堤に囲まれた福束輪中の町です。1889年(明治22年)7月1日の町村制では、安八郡のこの地域に福束村・里村・南波村・本戸村・中郷村・塩喰村・四郷村・松内村・下大榑村や、福束新田・中郷新田・藻池新田・海松新田・大吉新田・下大榑新田などの村が置かれ、大藪村・楡俣村などは合わさって三里村となりました。三里村は翌1890年に御寿村と改称しています。1897年(明治30年)4月1日には村の統合が行われ、里村・南波村・本戸村などが福束村に、新田の村々と松内村・下大榑村などが仁木村に、御寿村と四郷村が新たな御寿村にまとまりました。御寿村は1902年(明治35年)8月27日に町制を施行し、大薮町と名を改めます。昭和の大合併では、1954年(昭和29年)4月1日に福束村・大藪町・仁木村の3町村が合併して輪之内町が発足しました。その後は周辺との合併を行わず、平成の大合併でも2004年に西濃圏域合併協議会から離脱して、単独の町として歩んでいます。福束・大藪・仁木などの名は、いまも町内の地名として残っています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、安八郡に福束村・里村・南波村・本戸村・中郷村・塩喰村・四郷村・松内村・下大榑村・福束新田・中郷新田・藻池新田・海松新田・大吉新田・下大榑新田が発足し、大藪村・楡俣村・楡俣新田が合わさって三里村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1890年3月24日明治23年三里村が御寿村と改称した。種類:改称 出典:Wikipedia
  3. 1897年4月1日明治30年村の統合が行われ、福束村・里村・南波村・本戸村・中郷村・塩喰村が福束村に、御寿村と四郷村が御寿村に、福束新田・中郷新田・藻池新田・海松新田・大吉新田・松内村・下大榑村・下大榑新田が仁木村にまとまった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1902年8月27日明治35年御寿村が町制を施行すると同時に改称し、大薮町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1954年4月1日昭和29年福束村・大薮町・仁木村が合併し、輪之内町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

輪之内町1954〜今
福束村1889〜1954
大藪町1902〜1954
仁木村1897〜1954

参考にした資料