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白川村しらかわむら

白川村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の白川村

岐阜県の北西部、飛騨地域の北西端に位置する山村で、北は富山県、西は石川県と境を接しています。白山を主峰とする両白山地に囲まれ、村の大半を急峻な山林が占め、中央を庄川が北へ流れます。特別豪雪地帯に指定される雪深い土地で、その風土が生んだ合掌造りの集落は世界遺産に登録されています。平成の大合併では単独での村政を選び、現在は飛騨地域で唯一の村として、合掌集落を中心とする観光で多くの人を迎えています。

今の白川村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,511人です。今の区域で数えた1975年の2,265人とくらべると33.3%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.1%です。

1,511人人口(2020年)
−33.3%1975年からの増減
356.64km²面積(国土地理院)
4人/km²人口密度
33.1%65歳以上の割合
2,2651975199020052020
15歳未満 13.3%15〜64歳 53.6%65歳以上 33.1%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:世界遺産の合掌造り集落を中心とした観光関連収入が村の財政を支えています。

見どころ・祭り

  • 白川郷 荻町合掌造り集落世界遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」
  • 和田家住宅白川郷で最大級の合掌家屋
  • 合掌造り民家園合掌家屋を集めた野外博物館
  • 天生峠紅葉の名所。近くに高層湿原がある
  • どぶろく祭り毎年10月14・15日、白川八幡神社で開催

木ブナ花白山シャクナゲ白川村の木・花

白川村のなりたち

白川村(しらかわむら)は、岐阜県飛騨地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに白川村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は大野郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
357km²今の面積

「白川村」という名前

村名は、庄川流域が古くから「白川郷」と呼ばれてきたことに由来します。白川郷のうち、川下側(北側)の「下白川郷」が白川村、川上側(南側)の「上白川郷」が荘川村(現在の高山市荘川町)となりました。同じ岐阜県の加茂郡にある東白川村は、名前は似ていますが美濃地方の村で、白川村とは離れた別の村です。

まちの成り立ち

白川村は、1889年(明治22年)7月1日の町村制施行から今日まで、一度も合併や分割をしていない村です。その前段として、1875年(明治8年)7月29日に、庄川沿いの芦倉・荻町・鳩谷・平瀬・御母衣など20あまりの小さな村がまとまって白川村ができており、町村制ではこの区域がそのまま新しい白川村になりました。

庄川では戦後に電源開発が進み、大牧ダム(鳩谷ダム)や御母衣ダムの建設にともなって、旧大牧村・野谷村・尾神村・福島村などの集落が水に沈み、住民は村を離れました。

平成の大合併では、白川村も飛騨地域のすべての市町村でつくる「飛騨地域合併推進協議会」に加わり、高山市への編入による合併と、単独で村を続ける道とを比べて検討しました。合併すると面積は鳥取県に並ぶ約3,229平方キロメートルとなること、高山市の中心部まで83キロも離れていること、人口2,000人に満たない村からは市議会議員を出せないおそれがあることなどが心配され、住民の8割近くが合併に反対しました。こうして白川村は2003年(平成15年)に協議会を離れ、村として残る道を選びました。上白川郷にあたる荘川村は2005年に高山市に編入され、かつて同じ白川郷だった二つの地域は、いまは別々の自治体になっています。

年表

  1. 1875年7月29日明治8年庄川下流域(下白川郷)の芦倉村・荻町村・平瀬村・御母衣村など20あまりの村がまとまり、大野郡白川村ができた。種類:その他 出典:Wikipedia
  2. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、それまでの白川村の区域のまま、大野郡白川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

白川村1889〜今

参考にした資料