今の七宗町
岐阜県の中南部、加茂郡にある山あいの町で、濃尾平野から少し山地に入った場所に位置します。町のおよそ9割を山林が占め、飛騨川と神渕川、その支流沿いのわずかな平地に田畑や集落が点在しています。町名は北東部にそびえる七つの高い峰に由来します。1970年に飛騨川の河床から約20億年前の片麻岩が見つかり、「日本最古の石」の町として知られるようになりました。国道41号とJR高山本線が飛騨川沿いを通ります。
今の七宗町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,402人です。今の区域で数えた1975年の6,569人とくらべると48.2%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.1%です。
見どころ・祭り
- 飛水峡飛騨川の峡谷。甌穴群が点在する
- 日本最古の石博物館日本最古の石を紹介する博物館
- 神淵神社境内の大杉は国の天然記念物
- 七宗町蒸気機関車展示館C12形蒸気機関車を展示
- 道の駅ロック・ガーデンひちそう町内にある道の駅
木ひのき花しゃくなげ七宗町の木・花
七宗町のなりたち
七宗町(ひちそうちょう)は、岐阜県中濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。神淵村・上麻生村・下麻生町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の七宗町になりました。
今の名前「七宗町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の神淵村が約55km²だったのに対し、今の七宗町は約90km²と、およそ1.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は加茂郡・武儀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、武儀郡は2005年(平成17年)2月7日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧上麻生村の区域には上麻生駅(高山本線)があります。
「七宗町」という名前
町名は、町の北東部にそびえる7つの高い峰にちなみます。これらの峰々は古くから「七宗山」「七宗権現」と呼ばれてあがめられてきたとされ、「宗」は祖霊をまつる場所を表すと説明されています。1955年(昭和30年)に上麻生村と神渕村が合併して村をつくる際にこの名が選ばれ、1971年(昭和46年)の町制施行で七宗町となりました。読み方は「ひちそう」です。
まちの成り立ち
七宗町は、飛騨川の流れに沿った山あいの町です。
1889年(明治22年)の町村制のとき、いまの町域は二つの郡に分かれていました。武儀郡には神渕村と上麻生村があり、神渕村は明治初めに間見・大橋など10の村がまとまってできた村でした。加茂郡側の下麻生は、町村制で上川辺村と一緒に麻川村となりましたが、1893年に再び分かれて下麻生村となり、1896年には町になっています。下麻生は飛騨川を流した木材を筏に組む湊として栄えた場所です。
昭和に入ると、1952年に上麻生村が武儀郡から加茂郡へ移り、翌1953年には隣の久田見村から川並集落が加わりました。そして1955年(昭和30年)2月11日、加茂郡上麻生村と武儀郡神渕村が合併して、加茂郡七宗村が発足しました。1956年には下麻生町が南北に分けられ、北部の中麻生が七宗村に、南部の下麻生が川辺町に編入されています。1971年(昭和46年)4月1日に町制を施行して七宗町となりました。
平成の大合併では、2003年に美濃加茂市と加茂郡の町村で合併協議会を設けましたが、2004年12月に解散し、七宗町は単独の町として歩んでいます。1970年には飛騨川の河床から約20億年前の片麻岩が見つかり、「日本最古の石」として知られるようになりました。
年表
- 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、武儀郡に神渕村と上麻生村が、加茂郡に麻川村(上川辺村と下麻生村が合併)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1893年4月27日明治26年麻川村が分割され、上川辺村と下麻生村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1896年11月13日明治29年下麻生村が町制を施行し、下麻生町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1952年8月1日昭和27年上麻生村の所属が武儀郡から加茂郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1953年5月1日昭和28年加茂郡久田見村の一部(大字上吉田のうち川並集落)が上麻生村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年加茂郡上麻生村と武儀郡神渕村が合併し、加茂郡七宗村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年下麻生町が分割され、北部の中麻生が七宗村に、南部の下麻生が川辺町に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1971年4月1日昭和46年七宗村が町制を施行し、七宗町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。