岐阜県 › 白川町

白川町しらかわちょう

1920年には5の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の白川町になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の白川町

岐阜県の中南部、加茂郡の東部にある町で、北は下呂市、東は東白川村や中津川市に接しています。町域の大部分を山林が占め、高低差の大きい山あいの地形で、平地はわずかです。町の西端を飛騨川が流れ、白川や佐見川、黒川などの支流が谷を刻み、飛騨川沿いには国道41号とJR高山本線が通ります。昭和28年の町制施行から昭和31年にかけての合併を経て、今の町となりました。「東濃桧のまち」「白川茶のまち」として知られ、清流と緑を生かした観光にも力を入れています。

今の白川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で7,412人です。今の区域で数えた1975年の13,350人とくらべると44.5%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.8%です。

7,412人人口(2020年)
−44.5%1975年からの増減
237.9km²面積(国土地理院)
31人/km²人口密度
46.8%65歳以上の割合
13,3501975199020052020
15歳未満 7.9%15〜64歳 45.3%65歳以上 46.8%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:東濃桧の林業と産直住宅の建築、白川茶の栽培が主要産業です。

特産品・名産

  • 東濃ひのき艶と香りに優れ、町の産業の主軸
  • 白川茶町の農業を代表する特産の茶
  • 夏秋トマト山あいの気候を生かして生産を推進
  • 麦飯石町内で産出する石

見どころ・祭り

  • 飛水峡七宗町から続く飛騨川の峡谷
  • 東座黒川にある芝居小屋
  • 白川温泉町内にある温泉
  • 水戸野のしだれ桜町の観光スポットのひとつ
  • 道の駅美濃白川「ピアチェーレ」国道41号沿いの道の駅

木ヒノキ花岩つつじ鳥うぐいす白川町の木・花・鳥

白川町のなりたち

白川町(しらかわちょう)は、岐阜県中濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。西白川村・坂ノ東村・佐見村・黒川村・蘇原村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の白川町になりました。

今の名前「白川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の黒川村が約58km²だったのに対し、今の白川町は約236km²と、およそ4.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は加茂郡・武儀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、武儀郡は2005年(平成17年)2月7日に廃止されました。

51920年の町村の数
2回合併・編入の回数
238km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「白川町」という名前

町名の「白川」は、町内を流れる白川(飛騨川の支流)の名に基づくとみられます。1889年の町村制で生まれた加茂郡西白川村が、1953年に単独で町制を施行して「白川町」と改めたのが町名の始まりです。川の名の由来は、澄んだ水や川石の白さに結びつけて説明されることが多いものの、この町について決め手になる資料は確認できませんでした。なお、隣の「東白川村」とは別の自治体で、2つの白川は混同されがちです。

「とびっきりの清流と豊かな緑が自慢の白川町」── 白川町公式ウェブサイト「町の概要」

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、いまの白川町の区域には加茂郡の西白川村・蘇原村・黒川村・佐見村(上佐見村と下佐見村が合わさった村)と、武儀郡の坂ノ東村が生まれました。坂ノ東村だけが郡の違う村だったことが、この町の特徴です。最初の動きは1953年(昭和28年)4月1日で、西白川村が合併をせずに町制を施行し、白川町を名乗りました。翌1954年4月1日には武儀郡の坂ノ東村を編入して郡境を越え、1955年には白山のうち田島地区が益田郡金山町に移っています。そして1956年9月30日、白川町・黒川村・佐見村・蘇原村が合併して改めて白川町が発足し、現在の町域が整いました。公式ページによれば、合併当時およそ18,400人だった人口は、2020年には7,412人まで減り、高齢化率は47%を超えています。面積の約87%が山林という、典型的な山間の町です。旧村の名は町内の地名として残っており、黒川、坂ノ東、上佐見、下佐見などが現在の地名に見られます。蘇原という名は、平安時代にこの一帯の大部分が属した荘園・蘇原荘と同じ名です。なお、各務原市にも蘇原という地名がありますが、こちらは別の土地です。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、加茂郡に西白川村(和泉・水戸野・広野・白山など7村)・蘇原村(赤河・三川・切井の3村)・佐見村(上佐見・下佐見の2村)・黒川村が、武儀郡に坂ノ東村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1953年4月1日昭和28年西白川村が町制を施行するとともに改称し、白川町となった。種類:町制施行 出典:www.town.shirakawa.lg.jp
  3. 1954年4月1日昭和29年武儀郡坂ノ東村が加茂郡白川町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  4. 1955年4月1日昭和30年白川町の一部(白山のうち田島)が益田郡金山町に編入された。種類:その他 出典:Wikipedia
  5. 1956年9月30日昭和31年白川町・黒川村・佐見村・蘇原村が合併し、改めて白川町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

白川町1953〜今
佐見村1889〜1956
黒川村1889〜1956
蘇原村1889〜1956
坂ノ東村1889〜1954
西白川村1889〜1953

参考にした資料