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八百津町やおつちょう

1920年には6の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の八百津町になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の八百津町

岐阜県の中南部、加茂郡に属する町で、濃尾平野の北の端から山地へかかる位置にあります。南を木曽川の本流、北を飛騨川に挟まれ、町の大部分を山林が占めます。標高120mほどの河岸段丘に沿って家並みや農地が広がり、木曽川には丸山ダムや兼山ダムの湖が連なります。外交官・杉原千畝ゆかりの町として記念館が建ち、大正時代に始まった八百津せんべいの産地としても知られています。

今の八百津町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,195人です。今の区域で数えた1975年の15,822人とくらべると35.6%減り、人口は1975年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.2%です。

10,195人人口(2020年)
−35.6%1975年からの増減
128.79km²面積(国土地理院)
79人/km²人口密度
40.2%65歳以上の割合
15,8221975199020052020
15歳未満 9.8%15〜64歳 50.0%65歳以上 40.2%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:古くからの林業に加え製造業が盛んで、八百津せんべいが地場産業として受け継がれています。

特産品・名産

  • 八百津せんべい大正期に始まった地場産業の煎餅
  • 栗きんとん町の名産の和菓子
  • 地酒町内の蔵元(花盛酒造など)が醸造

見どころ・祭り

  • 人道の丘公園・杉原千畝記念館杉原千畝の功績を伝える施設
  • 旧八百津発電所資料館本館などが国の重要文化財
  • 蘇水峡丸山ダム下流の木曽川の峡谷
  • 上代田棚田日本の棚田百選
  • 八百津だんじり祭り大舩神社の祭礼。4月第2土・日曜

木マツ花ササユリ八百津町の木・花

八百津町のなりたち

八百津町(やおつちょう)は、岐阜県中濃地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。和知村・錦津村・久田見村・福地村・潮南村・八百津町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の八百津町になりました。

今の名前「八百津町」は、1920年にあった八百津町の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の八百津町が約23km²だったのに対し、今の八百津町は約128km²と、およそ5.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は加茂郡・可児郡に属していました。

61920年の町村の数
5回合併・編入の回数
129km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「八百津町」という名前

「八百津」は、明治の町村制のときに復活させた古い名だと説明されています。町の沿革によると、それまでこの地は「細目村」と呼ばれていましたが、1889年(明治22年)の町村制にともない八百津町に改めました。Wikipediaが紹介する当時の改称願では、702年に錦織中納言久道が岐蘇山道を開いた際、「赤江」と呼ばれていた地を「八百津」と名づけたのが始まりとされ、細目村の古い名に戻すための改称だと説明されています。ただし1921年の『美濃国加茂郡誌』は、正史にこの人物の記録がないことを指摘しており、伝承の域を出ません。

「八百津町は、明治22年町村制の公布にともない、従来細目村と称していたのを八百津町に改めた。」── 八百津町「町の沿革」

まちの成り立ち

八百津町は、1889年(明治22年)7月1日の町村制で、細目村が町制を施行し、名前を改めて八百津町として出発しました。同じ日、周りでは和知・野上・上飯田・牧野が合わさって和知村に、可児郡の錦織と伊岐津志が合わさって錦津村になりました。1897年(明治30年)4月1日には潮見村と南戸村が合併して潮南村が、久田見村と上吉田村が合併して新しい久田見村が生まれています(町の沿革では、これらを町村制の時点の合併として説明しています)。

昭和の大合併では、まず1954年(昭和29年)4月1日に和知村の牧野地区が分かれて美濃加茂市の発足に加わりました。しかし牧野地区の一部では八百津町への編入を求める声が強まり、知事の勧告を経て、1955年3月25日の境界変更で美濃加茂市牧野の一部が八百津町に移っています。

その間、1955年(昭和30年)1月31日に和知村の残りが八百津町に編入され、翌2月1日には可児郡の錦津村と新設合併して、改めて八百津町が発足しました。郡をまたいだ合併です。最後に1956年(昭和31年)9月30日、潮南村・福地村・久田見村が八百津町に編入され、現在の町域となりました。町の沿革によれば、このときの面積は129.66平方キロメートル、人口は20,219人でした。

平成の合併期には、2003年に美濃加茂市・加茂郡の市町村で合併協議会が設けられましたが、2004年末に解散し、八百津町は単独の道を選んでいます。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行にあたり、加茂郡の細目村が町制を施行し、改称して八百津町となった。種類:町制施行 出典:www.town.yaotsu.lg.jp
  2. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、加茂郡に和知村(和知・野上・上飯田・牧野が合併)・潮見村・南戸村・福地村・久田見村・上吉田村が、可児郡に錦津村(錦織・伊岐津志が合併)が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1897年4月1日明治30年潮見村と南戸村が合併し、潮南村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1897年4月1日明治30年久田見村と上吉田村が合併し、新しい久田見村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1954年4月1日昭和29年和知村の牧野地区が分かれ、太田町・古井町などとともに美濃加茂市の発足に加わった。種類:分割 出典:Wikipedia
  6. 1955年1月31日昭和30年和知村(大字和知・野上・上飯田)が八百津町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp
  7. 1955年2月1日昭和30年加茂郡八百津町と可児郡錦津村が合併し、改めて八百津町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.gifu.lg.jp
  8. 1955年3月25日昭和30年美濃加茂市との境界変更により、美濃加茂市大字牧野の一部(字東宮前・東中国・道下)が八百津町に移った。種類:その他 出典:www.pref.gifu.lg.jp
  9. 1956年9月30日昭和31年潮南村・福地村・久田見村が八百津町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gifu.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

八百津町1889〜今
久田見村1889〜1956
福地村1889〜1956
潮南村1897〜1956
錦津村1889〜1955
和知村1889〜1955

参考にした資料