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山県市やまがたし

1920年には14の町村だった区域が、5回の合併・編入を経て、今の山県市になりました。

14町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の山県市

岐阜市の北隣にある市で、2003年に高富町・伊自良村・美山町が合併して生まれました。市役所のある南部の高富地区は山に囲まれた盆地状の土地で、北へ進むほど山が深くなり、長良川の支流である武儀川・鳥羽川・伊自良川に沿って集落が開けています。水栓バルブの工場が集まるものづくりのまちで、大粒の利平栗が生まれた地としても知られます。伊自良湖の桜、甘南美寺のあじさい、清流の円原川など、四季の自然が身近にあります。

今の山県市の区域の人口は、2020年の国勢調査で25,280人です。今の区域で数えた1975年の27,986人とくらべると9.7%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.1%です。

25,280人人口(2020年)
−9.7%1975年からの増減
221.98km²面積(国土地理院)
114人/km²人口密度
36.1%65歳以上の割合
31,5341975199020052020
15歳未満 10.3%15〜64歳 53.6%65歳以上 36.1%
今の区域の人口(国勢調査)。1975〜2010年は岐阜県による今の区域への組替集計、2015・2020年は総務省統計局の集計。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:水栓バルブを中心とする工業が盛んで、栗や干し柿、にんにくなどの農産物も生産されています。

特産品・名産

  • 利平栗旧大桑村で生まれた大粒の栗の品種
  • 連柿伊自良大実を使った伊自良地域の干し柿
  • 桑の木豆飛騨・美濃伝統野菜に認定された豆
  • にんにく生産量が岐阜県一位
  • 美山バルバリー美山地域で育てられる鴨

見どころ・祭り

  • 伊自良湖湖畔の桜で知られる湖
  • 大桑城跡美濃守護土岐氏の守護所が置かれた山城跡
  • 甘南美寺あじさいと桜の名所
  • 深瀬白山神社拝殿は国の重要文化財
  • 円原川の伏流水川底から湧く清流の景観

木栗花ききょう山県市の木・花

山県市のなりたち

山県市(やまがたし)は、岐阜県岐阜地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、14の町村がありました。大桑村・桜尾村・梅原村・富岡村・北山村・乾村・北武芸村・葛原村・谷合村・富波村・西武芸村・上伊自良村・下伊自良村・高富町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の山県市になりました。

今の名前「山県市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの14の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の北山村が約59km²だったのに対し、今の山県市は約221km²と、およそ3.8倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は山県郡・武儀郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、山県郡は2003年(平成15年)4月1日に廃止されました、武儀郡は2005年(平成17年)2月7日に廃止されました。

141920年の町村の数
5回合併・編入の回数
222km²今の面積
2003年いちばん新しい合併

「山県市」という名前

市名の「山県」は、2003年(平成15年)に山県郡の高富町・美山町・伊自良村が合併して市になった際、郡名を受け継いだものです。この地名は古くは「山方」と書かれ、702年(大宝2年)の「御野国山方郡三井田里戸籍」(正倉院文書)にすでに見えます。山の方にある土地という意味から付いた名と考えられています。

「その名の由来は御野国山方郡。正倉院に現存する最古の戸籍に記されていた地名です。」── 山県市「市の概要」(市民憲章)

まちの成り立ち

山県市は、2003年(平成15年)4月1日に山県郡の高富町・美山町・伊自良村の3町村が合併して発足し、これにより山県郡は消滅しました。1889年(明治22年)7月1日の町村制では、山県郡のこの地域に高富村や西深瀬村・東深瀬村・高木村・伊佐美村・椎倉村・赤尾村・大桑村・梅原村、伊自良川流域の大森村・小倉村・掛村・平井村など、また富波村・谷合村・葛原村・円原村・神崎村・片原村が置かれ、隣の武儀郡には乾村や西武芸村などが置かれました。高富村は1897年(明治30年)3月19日に町制を施行して高富町となり、同年4月1日の統合で富岡村・桜尾村・北山村・上伊自良村・下伊自良村、武儀郡側では北武芸村が生まれます。武儀郡の西武芸村と北武芸村は1950年(昭和25年)4月1日に山県郡へ所属を移しました。昭和の大合併の1955年(昭和30年)4月1日には、高富町が富岡村・梅原村・桜尾村・大桑村と合併して改めて高富町となり、北山村・葛原村・谷合村・北武芸村・富波村・西武芸村は武儀郡の乾村と郡境をまたいで合併して美山村に、上伊自良村と下伊自良村は伊自良村になりました。美山村は1964年(昭和39年)に町制を施行しています。平安時代から室町時代にかけてこの地を本拠とした美濃山県氏は、のちの山県昌景や山縣有朋らの「山県」姓のもとになったとされています。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、山県郡に高富村(佐賀村を合併)・西深瀬村・東深瀬村・高木村・伊佐美村・椎倉村・赤尾村・大桑村・梅原村・上願村・藤倉村・大森村・小倉村・洞田村・松尾村・掛村・平井村・長滝村・富波村(青波村・富永村が合併)・谷合村・葛原村・円原村・片原村・神崎村が、武儀郡に乾村(船越村など5村が合併)・西武芸村(岩佐村・中洞村が合併)・笹賀村・田栗村・椿村・徳永村・佐野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年3月19日明治30年高富村が町制を施行し、高富町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1897年4月1日明治30年村の統合が行われ、円原村・神崎村・片原村(大部分)が北山村に、大森村・洞田村・小倉村・藤倉村が下伊自良村に、上願村・平井村・長滝村・掛村・松尾村が上伊自良村に、西深瀬村・東深瀬村・高木村が富岡村に、伊佐美村・椎倉村・赤尾村が桜尾村に、武儀郡の笹賀村・田栗村・椿村・徳永村・佐野村(と富波村・片原村の一部)が北武芸村にまとまった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1950年4月1日昭和25年西武芸村と北武芸村の所属が武儀郡から山県郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1955年4月1日昭和30年高富町・富岡村・梅原村・桜尾村・大桑村が合併し、改めて高富町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1955年4月1日昭和30年北山村・葛原村・谷合村・北武芸村・富波村・西武芸村と武儀郡乾村が合併し、山県郡美山村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1955年4月1日昭和30年上伊自良村と下伊自良村が合併し、伊自良村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  8. 1964年4月1日昭和39年美山村が町制を施行し、美山町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  9. 2003年4月1日平成15年高富町・伊自良村・美山町が合併して山県市が発足し、山県郡は消滅した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

山県市2003〜今
高富町1897〜2003
大桑村1889〜1955
桜尾村1897〜1955
梅原村1889〜1955
富岡村1897〜1955
美山村→美山町1955〜2003
北山村1897〜1955
乾村1889〜1955
北武芸村1897〜1955
葛原村1889〜1955
谷合村1889〜1955
富波村1889〜1955
西武芸村1889〜1955
伊自良村1955〜2003
上伊自良村1897〜1955
下伊自良村1897〜1955

参考にした資料