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桐生市きりゅうし

1920年には9の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の桐生市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の桐生市

群馬県の東南部にあり、桐生川と渡良瀬川に沿って市街地が広がります。栃木県足利市に接し、赤城山側には新里・黒保根の地域があります。織物のまちとして発展し、本町周辺には商家や土蔵、ノコギリ屋根の工場が残ります。桐生新町は国の重要伝統的建造物群保存地区です。山間部には桐生川の源流林や渓谷があり、市街地の織物文化と山麓の自然が共に受け継がれています。

今の桐生市の区域の人口は、2020年の国勢調査で106,445人です。今の区域で数えた1980年の147,744人とくらべると28.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.4%です。

106,445人人口(2020年)
−28.0%1980年からの増減
274.45km²面積(国土地理院)
388人/km²人口密度
36.4%65歳以上の割合
147,7441980199020052020
15歳未満 9.4%15〜64歳 54.2%65歳以上 36.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:織物をはじめとする繊維産業が基盤で、さまざまなものづくりの技術が集まっています。

特産品・名産

  • 桐生織織物のまちを支えてきた伝統の織物
  • ひもかわ桐生で親しまれるうどん
  • ソースカツ丼市の名物料理

見どころ・祭り

  • 桐生新町伝統的建造物群保存地区織物業にかかわる建物が残る町並み
  • 桐生明治館旧群馬県衛生所。国の重要文化財
  • 有鄰館旧矢野蔵群を活用した文化施設
  • 彦部家住宅国の重要文化財に指定された住宅

木モクセイ花サルビア桐生市の木・花

桐生市のなりたち

桐生市(きりゅうし)は、群馬県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。境野村・広沢村・梅田村・川内村・相生村・菱村・黒保根村・新里村・桐生町です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の桐生市になりました。

今の名前「桐生市」は、1920年にあった桐生町の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の桐生町が約12km²だったのに対し、今の桐生市は約276km²と、およそ23.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は勢多郡・山田郡・栃木県足利郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、勢多郡は2009年(平成21年)5月5日に廃止されました。

この区域には、もとは群馬県ではなかった土地も含まれています。栃木県の菱村がそれで、県境を越えた合併(越境合併)によって群馬県に加わりました。

91920年の町村の数
7回合併・編入の回数
274km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「桐生市」という名前

桐生の名は、1889年に発足した山田郡桐生町から、1921年の市制で桐生市へ受け継がれました。地名そのものの語源ははっきりしていません。江戸時代の町づくりでは、現在の本町一帯に桐生新町が整えられました。織物の取引と生産を支えた町並みが残り、現在も桐生新町伝統的建造物群保存地区の名に、近世の町の呼び名が受け継がれています。

まちの成り立ち

桐生は織物のまちとして発展し、江戸時代に整えられた桐生新町の区画に、商家や土蔵、織物工場が建てられました。1889年4月1日の町村制で山田郡桐生町が発足し、1921年3月1日に市制を施行しました。1933年4月1日に境野村、1937年4月1日に広沢村を編入しています。

昭和の大合併では、1954年10月1日に梅田村・相生村と川内村の一部を編入しました。川内村は、高津戸の一部が大間々町へ移り、残りが桐生市に入りました。1959年1月1日には栃木県足利郡菱村を編入し、県境を越えて市域を広げました。1968年4月1日にも栃木県田沼町の飛駒の一部が加わっています。

赤城山側では、1889年に南勢多郡新里村と黒保根村が発足しました。黒保根村の塩沢・上神梅・下神梅は1958年に大間々町へ移りました。残った黒保根村と新里村は、2005年6月13日に桐生市へ編入されました。織物で栄えた市街地と赤城山麓の地域をあわせ持つ現在の市域は、昭和から平成にかけての編入によって形づくられました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、山田郡に相生村・梅田村・川内村・桐生町・境野村・広澤村、南勢多郡に黒保根村・新里村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、栃木県足利郡に菱村、安蘇郡に田沼町・三好村・野上村・新合村・飛駒村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  3. 1896年4月1日明治29年南勢多郡と東群馬郡が再編され、新里村・黒保根村が勢多郡に属することとなった。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
  4. 1921年3月1日大正10年山田郡桐生町が市制を施行し、桐生市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.gunma.jp
  5. 1933年4月1日昭和8年境野村が桐生市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  6. 1937年4月1日昭和12年広沢村が桐生市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  7. 1954年3月31日昭和29年栃木県の田沼町・三好村・野上村が新設合併し、改めて田沼町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  8. 1954年10月1日昭和29年梅田村・相生村と川内村の高津戸の一部を除く区域が桐生市に編入され、高津戸の一部は大間々町に編入された。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
  9. 1956年9月30日昭和31年栃木県安蘇郡新合村・飛駒村が田沼町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  10. 1958年2月1日昭和33年黒保根村の塩沢・上神梅・下神梅が大間々町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  11. 1959年1月1日昭和34年栃木県足利郡菱村が群馬県桐生市に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.gunma.jp
  12. 1968年4月1日昭和43年栃木県田沼町の飛駒の一部が群馬県桐生市に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.gunma.jp
  13. 2005年6月13日平成17年新里村・黒保根村が桐生市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

桐生町→桐生市1889〜今
黒保根村1889〜2005
新里村1889〜2005
菱村1889〜1959栃木県から
梅田村1889〜1954
川内村1889〜1954
相生村1889〜1954
広沢村1889〜1937
境野村1889〜1933

参考にした資料