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前橋市まえばしし

1920年には18の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の前橋市になりました。

18町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の前橋市

群馬県の中央部よりやや南にあり、利根川の両岸に市街地が広がる県庁所在地です。北部は赤城山に向かって高くなり、大胡・宮城・粕川・富士見の地域が山麓に続きます。上野国の国府や国分寺が置かれた古代の政治の中心地で、近世には城下町、近代には県都として発展しました。利根川沿いの臨江閣や敷島公園、赤城山の温泉や湖など、中心市街地と山間部に異なる景観があります。

今の前橋市の区域の人口は、2020年の国勢調査で332,149人です。今の区域で数えた1980年の311,121人とくらべると6.8%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.8%です。

332,149人人口(2020年)
+6.8%1980年からの増減
311.59km²面積(国土地理院)
1,066人/km²人口密度
30.8%65歳以上の割合
341,7381980199020052020
15歳未満 11.8%15〜64歳 57.4%65歳以上 30.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:行政・金融などのサービス業が集まり、製造業や農畜産業も営まれています。

特産品・名産

  • 豚肉料理地元の豚肉を使った料理
  • 焼きまんじゅう群馬で親しまれる郷土の菓子
  • 創作こけし市内でつくられる木製の工芸品

見どころ・祭り

  • 臨江閣明治期に建てられた国の重要文化財
  • 敷島公園ばら園や蚕糸記念館がある公園
  • 上野国分寺跡前橋市と高崎市にまたがる古代の寺院跡。国の史跡
  • 赤城温泉郷赤城山麓の温泉地

木ケヤキ、イチョウ花バラ、ツツジ前橋市の木・花

前橋市のなりたち

前橋市(まえばしし)は、群馬県中部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、18の町村がありました。芳賀村・桂萱村・総社町・元総社村・東村・上川淵村・下川淵村・南橘村・清里村・新高尾村・荒砥村・木瀬村・上陽村・宮城村・粕川村・大胡町・富士見村・前橋市です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の前橋市になりました。

今の名前「前橋市」は、1920年にあった前橋市の名前を受け継いでいます。ほかの17の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の前橋市が約12km²だったのに対し、今の前橋市は約313km²と、およそ25.4倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は佐波郡・勢多郡・群馬郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、勢多郡は2009年(平成21年)5月5日に廃止されました、群馬郡は2006年(平成18年)10月1日に廃止されました。

181920年の町村の数
7回合併・編入の回数
312km²今の面積
2009年いちばん新しい合併

「前橋市」という名前

「前橋」は、古くは「厩橋」と書き、「まやはし」と呼ばれました。現在の利根川付近を流れていた車川に橋があり、「駅家の橋」と呼んだことが地名になったと伝えられます。酒井忠清が前橋城主だった1648年から1652年ごろに、「厩橋」の表記が「前橋」に改められたとされています。城下町の名は、1889年に発足した前橋町、1892年の市制後の前橋市へ受け継がれました。

まちの成り立ち

前橋は上野国の国府が置かれた地域で、古墳や国分寺跡が残ります。近世には前橋城の城下町として発展しました。1881年に県庁が置かれ、1889年4月1日の町村制で東群馬郡前橋町が発足しました。1892年4月1日に市制を施行し、群馬県で最初の市となりました。1901年には上川淵村の六供・市ノ坪・前代田・宗甫分・天川原・紅雲分を編入しています。

1954年4月1日、上川淵村・下川淵村・芳賀村・桂萱村・東村・元総社村・総社町を編入し、同年9月1日に南橘村も加わりました。1955年には清里村と新高尾村の一部を編入しています。木瀬村と荒砥村は1957年に城南村をつくり、1967年5月1日に前橋市へ編入されました。

赤城山南麓では、大胡村が1899年に町制を施行して大胡町となりました。大胡町・宮城村・粕川村は2004年12月5日に前橋市へ編入され、2009年5月5日には富士見村も加わりました。利根川沿いの県都から赤城山へと広がる市域が、この一連の編入によって形づくられています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西群馬郡に東村・清里村・新高尾村・総社町・元総社村、南勢多郡に荒砥村・大胡村・桂萱村・粕川村・木瀬村・芳賀村・富士見村・南橘村・宮城村、東群馬郡に上川淵村・下川淵村・前橋町、那波郡に上陽村などが発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
  2. 1892年4月1日明治25年東群馬郡前橋町が市制を施行し、前橋市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.gunma.jp
  3. 1896年4月1日明治29年東群馬郡と南勢多郡が勢多郡に、西群馬郡と片岡郡が群馬郡に、那波郡と佐位郡が佐波郡に再編された。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
  4. 1899年5月24日明治32年勢多郡大胡村が町制を施行し、大胡町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.gunma.jp
  5. 1901年4月1日明治34年上川淵村の六供・市ノ坪・前代田・宗甫分・天川原・紅雲分が前橋市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  6. 1954年4月1日昭和29年上川淵村・下川淵村・芳賀村・桂萱村・群馬郡東村・元総社村・総社町が前橋市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  7. 1954年9月1日昭和29年南橘村が前橋市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  8. 1955年1月20日昭和30年清里村全域と新高尾村の鳥羽・中尾の一部が前橋市に編入され、新高尾村の残りは高崎市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  9. 1955年4月1日昭和30年木瀬村の天川大島・野中・上大島・上長磯・女屋・東上野が前橋市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  10. 1957年1月20日昭和32年木瀬村と荒砥村が新設合併し、城南村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  11. 1957年8月1日昭和32年玉村町・上陽村が新設合併し、改めて玉村町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  12. 1957年10月10日昭和32年城南村の小島田・下長磯が前橋市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  13. 1960年4月1日昭和35年城南村の駒形町・東駒形町と、玉村町の西善・山王・中内・東善が前橋市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  14. 1967年5月1日昭和42年城南村が前橋市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  15. 2004年12月5日平成16年大胡町・宮城村・粕川村が前橋市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  16. 2009年5月5日平成21年富士見村が前橋市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

前橋市1892〜今
富士見村1889〜2009
宮城村1889〜2004
粕川村1889〜2004
大胡町1899〜2004
城南村1957〜1967
荒砥村1889〜1957
木瀬村1889〜1957
上陽村1889〜1957
清里村1889〜1955
新高尾村1889〜1955
南橘村1889〜1954
芳賀村1889〜1954
桂萱村1889〜1954
総社町1889〜1954
元総社村1889〜1954
東村1889〜1954
上川淵村1889〜1954
下川淵村1889〜1954

参考にした資料