今の榛東村
群馬県のほぼ中央、榛名山の東麓に広がる村です。山側には森林があり、東へ下る土地には農地や集落が続いています。伊香保温泉や榛名山に近く、前橋・高崎方面とも結ばれる都市近郊の農村です。ぶどう園やワイナリーが点在し、縄文時代の耳飾りで知られる茅野遺跡や耳飾り館もあります。富士見峠からは関東平野が望め、山麓の自然と農村の景色を楽しめます。
今の榛東村の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,216人です。今の区域で数えた1980年の10,030人とくらべると41.7%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.7%です。
主な産業:ぶどう栽培を中心とする農業と、ワインづくりや観光、地場産業が営まれています。
特産品・名産
- ぶどう
- ワイン
- こけし
見どころ・祭り
- 耳飾り館
- 茅野遺跡
- しんとうワイナリー
- 富士見峠(創造の森)
木杉花やまゆり鳥うぐいす榛東村の木・花・鳥
榛東村のなりたち
榛東村(しんとうむら)は、群馬県中部地域の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。相馬村・桃井村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の榛東村になりました。
今の名前「榛東村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の桃井村が約16km²だったのに対し、今の榛東村は約28km²と、およそ1.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北群馬郡・群馬郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、群馬郡は2006年(平成18年)10月1日に廃止されました。
「榛東村」という名前
「榛東」の名は1959年(昭和34年)に、それまでの桃井村から改称した際に採用されました。村は榛名山の東麓に位置し、長岡・山子田・新井と広馬場の地域を中心に広がっています。1889年の町村制以来の「桃井」という村名は昭和の合併でも引き継がれましたが、広馬場や柏木沢の一部が加わった後、現在の榛東村という名に変わりました。
まちの成り立ち
榛東村の山麓では縄文時代から人々が暮らし、茅野遺跡からは耳飾りなどが出土しています。古代には桃井里と呼ばれた地域があり、藤原京跡出土の木簡には上毛野国車評桃井里から鮎を納めたことが記されています。江戸時代には長岡・山子田・新井・広馬場の村々があり、広馬場の柏木宿は水沢や伊香保へ向かう人々でにぎわいました。
1889年(明治22年)4月1日、長岡・山子田・新井を合わせて西群馬郡桃井村が発足し、広馬場は柏木沢とともに相馬村になりました。桃井村は1896年に群馬郡、1949年には北群馬郡に属するようになります。1957年(昭和32年)3月30日、桃井村と相馬村の広馬場地区が新設合併し、改めて桃井村が発足しました。1959年には柏木沢の一部が加わり、8月1日に榛東村へ改称しています。
かつて畑作や養蚕が盛んだった山麓では、昭和30年代半ばからぶどう栽培が始まりました。1970年に群馬用水が開通すると農業用水が安定し、稲作も発展しました。現在は観光ぶどう園やワイナリーが山麓に点在し、農村の暮らしと前橋・高崎方面への通勤が重なる村になっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西群馬郡桃井村と相馬村が発足した。現在の榛東村には桃井村の区域と相馬村の広馬場などが含まれる。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
- 1896年4月1日明治29年西群馬郡と片岡郡の統合により、桃井村と相馬村は群馬郡に属することとなった。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
- 1949年10月1日昭和24年群馬郡の分割により、桃井村は北群馬郡に属することとなった。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
- 1957年3月30日昭和32年北群馬郡桃井村と群馬郡相馬村の大字広馬場が新設合併し、改めて北群馬郡桃井村が発足した。相馬村の大字柏木沢は箕郷町へ編入された。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1959年箕郷町の柏木沢の一部が桃井村へ移った。種類:一部編入 出典:www.vill.shinto.gunma.jp
- 1959年8月1日昭和34年北群馬郡桃井村が榛東村へ改称した。種類:改称 出典:www.pref.gunma.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。