今の高崎市
群馬県の西部にあり、関東と甲信越を結ぶ交通の拠点です。高崎駅には新幹線と在来線が集まり、市域には関越・上信越・北関東の各自動車道が通ります。中心部は井伊直政が築いた城の城下町として発展し、商業や工業が集まっています。西部には倉渕の山間地、北部には榛名山と榛名湖があり、梅や梨などの果樹栽培も行われています。南部の吉井には古代の歴史を伝える上野三碑があります。
今の高崎市の区域の人口は、2020年の国勢調査で372,973人です。今の区域で数えた1980年の323,403人とくらべると15.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は28.7%です。
主な産業:商業に加え、機械・金属・食品などの製造業と、多彩な農産物の生産が盛んです。
特産品・名産
- 高崎だるま市を代表する縁起物
- 梅榛名・箕郷などで生産される果実
- 高崎うどん市の名物として親しまれる麺料理
見どころ・祭り
- 高崎白衣大観音観音山に立つ大きな観音像
- 榛名神社国の重要文化財に指定された社殿
- 上野三碑古代の碑。ユネスコ「世界の記憶」
- 箕輪城跡国の史跡に指定された城跡
木ケヤキ、カシ花サクラ、ハクモクレン鳥ウグイス高崎市の木・花・鳥
高崎市のなりたち
高崎市(たかさきし)は、群馬県西部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、33の町村がありました。塚沢村・片岡村・佐野村・六郷村・岩平村・入野村・多胡村・新高尾村・中川村・八幡村・豊岡村・室田町・里見村・烏淵村・倉田村・久留馬村・箕輪村・車郷村・金古町・国府村・堤ケ岡村・長野村・京ケ島村・大類村・滝川村・八幡村・相馬村・上郊村・岩鼻村・倉賀野町・新町・吉井町・高崎市です。これらの町村が、17回の合併や編入を経て、今の高崎市になりました。
今の名前「高崎市」は、1920年にあった高崎市の名前を受け継いでいます。ほかの32の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は多野郡・甘楽郡・碓氷郡・群馬郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、碓氷郡は2006年(平成18年)3月18日に廃止されました、群馬郡は2006年(平成18年)10月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧倉賀野町の区域には倉賀野駅(八高線)があります。
「高崎市」という名前
「高崎」の名は、1598年に井伊直政が和田の地に城を築いたことにちなみます。直政は地名を「松カ崎」とする案を竜広寺の住職白菴に相談しました。白菴は木には栄枯があると説き、「成功高大」の意味を込めて「高崎」を勧め、それが採用されたと伝えられます。城下町の整備では箕輪から寺院や町々が移り、高崎の名は1889年の高崎町、1900年の市制後の高崎市へ続きました。
まちの成り立ち
高崎は関東と甲信越を結ぶ交通の要地で、井伊直政の築城を機に城下町が整えられました。1889年4月1日の町村制で西群馬郡高崎町が発足し、1900年4月1日に市制を施行しました。1927年の片岡村、1939年の佐野村、1951年の六郷村などを順次編入し、1955年には新高尾村の一部・中川村・八幡村・豊岡村、1956年には八幡村を加えています。二つの八幡村は、碓氷郡と多野郡に属していた別の村です。
周辺でも昭和の大合併が進みました。倉田村と烏淵村は1955年に倉淵村をつくり、1996年に倉渕村へ改称しました。室田町と里見村は1955年に榛名町となり、久留馬村を編入しました。同年、箕輪町と車郷村が箕郷町をつくりました。1963年に倉賀野町、1965年に群南村が高崎市に編入されました。
2006年1月23日、高崎市は倉渕村・箕郷町・群馬町・新町を編入しました。同年10月1日に榛名町、2009年6月1日に吉井町が加わっています。こうして烏川沿いの市街地から榛名山麓、倉渕の山間部、旧多野郡の新町・吉井までを含む市となりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、多胡郡に入野村・多胡村・吉井町、北甘楽郡に岩平村、西群馬郡に岩鼻村・大類村・金古町・上郊村・京ヶ島村・倉賀野町・倉田村・久留馬村・車郷村・国府村・佐野村・新高尾村・相馬村・高崎町・瀧川村・塚澤村・堤ヶ岡村・中川村・長野村・箕輪村・室田村・六郷村、碓氷郡に烏淵村・川間村・里見村・豊岡村、片岡郡に片岡村、緑野郡に新町・八幡村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
- 1890年3月11日明治23年碓氷郡川間村が改称し、八幡村となった。種類:改称 出典:www.pref.gunma.jp
- 1896年4月1日明治29年西群馬郡と片岡郡が群馬郡に、緑野郡・多胡郡・南甘楽郡が多野郡に再編された。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
- 1900年4月1日明治33年群馬郡高崎町が市制を施行し、高崎市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.gunma.jp
- 1905年4月1日明治38年群馬郡室田村が町制を施行し、室田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.gunma.jp
- 1921年4月1日大正10年群馬郡箕輪村が町制を施行し、箕輪町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.gunma.jp
- 1927年4月1日昭和2年片岡村・塚澤村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1939年10月1日昭和14年佐野村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1950年4月1日昭和25年岩平村などが属する北甘楽郡が甘楽郡に改称された。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
- 1951年4月1日昭和26年六郷村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年1月15日昭和30年吉井町・多胡村・入野村・岩平村が新設合併し、多野郡吉井町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年1月20日昭和30年新高尾村のうち前橋市へ移る区域を除く部分と、中川村・碓氷郡八幡村・豊岡村の全域が高崎市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年2月1日昭和30年群馬郡倉田村と碓氷郡烏淵村が新設合併し、群馬郡倉淵村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年2月1日昭和30年群馬郡室田町と碓氷郡里見村が新設合併し、群馬郡榛名町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年3月1日昭和30年久留馬村が榛名町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年4月1日昭和30年箕輪町・車郷村が新設合併し、箕郷町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年4月1日昭和30年金古町・国府村・堤ヶ岡村が新設合併し、群馬町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1955年8月1日昭和30年長野村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1956年9月30日昭和31年京ヶ島村と瀧川村が新設合併し、群南村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
- 1956年9月30日昭和31年大類村と多野郡八幡村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1957年3月30日昭和32年相馬村の柏木沢が箕郷町に編入され、広馬場は桃井村と新設合併して新たな桃井村となった。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
- 1957年4月1日昭和32年上郊村の中里・保渡田・井出が群馬町に、生原が箕郷町に編入され、上郊村が廃止された。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
- 1957年8月1日昭和32年岩鼻村の綿貫・栗崎が群南村に、残りの区域が高崎市に編入され、岩鼻村が廃止された。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
- 1963年3月31日昭和38年倉賀野町が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1965年9月1日昭和40年群南村が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1996年7月1日平成8年群馬郡倉淵村が改称し、倉渕村となった。種類:改称 出典:www.pref.gunma.jp
- 2006年1月23日平成18年倉渕村・箕郷町・群馬町・新町が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 2006年10月1日平成18年榛名町が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 2009年6月1日平成21年吉井町が高崎市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。