群馬県 › 玉村町

玉村町たまむらまち

1920年には4の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の玉村町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の玉村町

群馬県南部、利根川と烏川が流れる平坦な土地にある町です。高崎・前橋・伊勢崎に近く、農地と工業団地、住宅地が広がります。江戸時代には日光例幣使道の宿場と川の水運で栄え、玉村八幡宮や五料関所跡、重田家住宅がその歴史を伝えます。米麦や野菜、畜産が営まれ、春鍬祭や水神祭などの行事も残ります。川と田園、近隣都市への便利さが重なる町です。

今の玉村町の区域の人口は、2020年の国勢調査で36,054人です。今の区域で数えた1980年の17,643人とくらべると104.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.2%です。

36,054人人口(2020年)
+104.4%1980年からの増減
25.78km²面積(国土地理院)
1,399人/km²人口密度
27.2%65歳以上の割合
38,1681980199020052020
15歳未満 11.1%15〜64歳 61.7%65歳以上 27.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米麦・野菜・畜産などの農業と、工業団地の製造業が営まれ、住宅地も広がっています。

特産品・名産

  • きゅうり
  • 上州麦豚
  • 焼きまんじゅう

見どころ・祭り

  • 玉村八幡宮本殿は国指定重要文化財
  • 五料関所跡門柱礎石と井戸が残る関所跡
  • 重田家住宅国登録有形文化財
  • 樋越神明宮の春鍬祭国指定重要無形民俗文化財

木モクセイ花バラ(マリアカラス)玉村町の木・花

玉村町のなりたち

玉村町(たまむらまち)は、群馬県中部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。芝根村・滝川村・上陽村・玉村町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の玉村町になりました。

今の名前「玉村町」は、1920年にあった玉村町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の玉村町が約10km²だったのに対し、今の玉村町は約26km²と、およそ2.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は佐波郡・群馬郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、群馬郡は2006年(平成18年)10月1日に廃止されました。

41920年の町村の数
3回合併・編入の回数
26km²今の面積
1957年いちばん新しい合併

「玉村町」という名前

「玉村」には、龍の玉にちなむ地名伝説が伝わっています。矢川に身を投げた男女が二つの碧玉となり、近戸大明神に祀られたという話です。その後の洪水で龍神が一つを持ち去り、残る玉を祀っていた村から新田村をつくったため、龍の玉によりできた「玉村」と呼ばれたと伝えられます。玉村の名は中世の玉村御厨や江戸時代の玉村宿にも使われ、現在の町名に受け継がれています。

まちの成り立ち

玉村町は利根川と烏川の流域に開けた町です。中世には玉村氏が開発した玉村御厨があり、江戸時代には日光例幣使道の玉村宿と五料宿が人々の往来を支えました。五料には関所が置かれ、川の水運も発達しました。玉村八幡宮や五料関所跡、重田家住宅などが、街道と農村の歴史を残しています。

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、那波郡玉村町・芝根村・上陽村と、西群馬郡滝川村が発足しました。1896年の郡の統合で玉村町などは佐波郡、滝川村は群馬郡に属するようになります。1955年(昭和30年)4月20日、玉村町と芝根村が新設合併し、改めて玉村町が発足しました。1956年には滝川村が京ヶ島村と合併して群南村となります。1957年(昭和32年)8月1日、玉村町と上陽村が新設合併し、群南村の宇貫と八幡原の一部も加わりました。同年には板井地区も群南村から移り、1960年には東善・山王・西善・中内が前橋市へ移っています。

平坦な農地では米麦や野菜、畜産が営まれ、工業も発展しました。高崎・前橋・伊勢崎に近く、幹線道路や高崎玉村スマートインターチェンジが整うと住宅地も広がりました。古い宿場の町並みや祭りを受け継ぎながら、農地と工業・住宅地が並ぶ町になっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、那波郡玉村町・芝根村・上陽村と西群馬郡滝川村が発足した。滝川村の区域の一部は後に現在の玉村町に加わった。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
  2. 1896年4月1日明治29年那波郡と佐位郡の統合で玉村町・芝根村・上陽村は佐波郡へ、西群馬郡と片岡郡の統合で滝川村は群馬郡へ所属が変わった。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
  3. 1955年4月20日昭和30年佐波郡玉村町と芝根村が新設合併し、改めて玉村町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  4. 1956年9月30日昭和31年群馬郡滝川村と京ヶ島村が新設合併し、群南村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  5. 1957年8月1日昭和32年佐波郡玉村町と上陽村が新設合併し、改めて玉村町が発足した。群南村の大字宇貫と大字八幡原の一部も玉村町へ移った。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  6. 1957年10月15日昭和32年群馬郡群南村の板井地区が玉村町へ移った。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
  7. 1960年4月1日昭和35年佐波郡玉村町の東善・山王・西善・中内が前橋市へ移った。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

玉村町1889〜今
上陽村1889〜1957
滝川村1889〜1956
芝根村1889〜1955

参考にした資料