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太田市おおたし

1920年には16の町村だった区域が、8回の合併・編入を経て、今の太田市になりました。

16町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の太田市

群馬県の東部にあり、北に渡良瀬川、南に利根川が流れます。金山と八王子丘陵を除く地域はおおむね平坦で、市街地と田畑が広がっています。日光例幣使街道の宿場から発展し、近代には航空機産業、戦後には自動車などの輸送機器産業が集まるまちとなりました。尾島・新田の平野では大和芋や野菜の生産も盛んです。金山城跡や世良田東照宮など、中世から近世の歴史を伝える場所が残ります。

今の太田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で223,014人です。今の区域で数えた1980年の175,381人とくらべると27.2%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は26.5%です。

223,014人人口(2020年)
+27.2%1980年からの増減
175.54km²面積(国土地理院)
1,270人/km²人口密度
26.5%65歳以上の割合
223,0141980199020052020
15歳未満 13.5%15〜64歳 60.1%65歳以上 26.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:輸送機器の製造業が中心で、大和芋や小玉スイカ、野菜の生産と畜産も盛んです。

特産品・名産

  • 大和芋市内で生産される特産のいも
  • 小玉スイカ市内の農業を支える果実
  • 焼きそば太田の名物として親しまれる料理

見どころ・祭り

  • 金山城跡金山に残る国の史跡
  • 世良田東照宮国の重要文化財に指定された社殿
  • ぐんまこどもの国丘陵地に広がる公園
  • 曹源寺栄螺堂市内に残る歴史的な仏堂

木モクセイ、カエデ、イチョウ花キク、サルビア、ツツジ、シュンラン太田市の木・花

太田市のなりたち

太田市(おおたし)は、群馬県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、16の町村がありました。韮川村・九合村・沢野村・鳥之郷村・生品村・綿打村・木崎町・強戸村・休泊村・世良田村・矢場川村・宝泉村・毛里田村・薮塚本町・尾島町・太田町です。これらの町村が、8回の合併や編入を経て、今の太田市になりました。

今の名前「太田市」は、1920年にあった太田町の名前を受け継いでいます。ほかの15の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の太田町が約6km²だったのに対し、今の太田市は約176km²と、およそ30.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は山田郡・新田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、新田郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。

161920年の町村の数
8回合併・編入の回数
176km²今の面積
2010年いちばん新しい合併

「太田市」という名前

太田市の名は、近世に日光例幣使街道の宿場として栄えた太田の町に受け継がれてきた名前です。「太田」という地名そのものの語源ははっきりしていません。1889年に新田郡太田町が発足し、1948年に市制を施行して太田市となりました。2005年には旧太田市と尾島町・新田町・藪塚本町が新設合併しました。その際にも「太田市」が新しい市の名として引き継がれました。

まちの成り立ち

太田は日光例幣使街道の宿場町、周辺の農村を支える商業のまちとして発展しました。1889年4月1日の町村制で新田郡太田町が発足します。1893年7月15日には山田郡韮川村から矢場川村と休泊村が分立しました。太田町は1940年4月1日に九合村・沢野村・韮川村を編入し、1948年5月3日に市制を施行しました。大正期に開設された中島飛行機製作所を背景に、航空機産業のまちとしても成長しました。

1957年に強戸村と休泊村、1960年に矢場川村のうち足利市へ移った区域を除く地域を編入しています。1963年には宝泉村と毛里田村も加わりました。周辺では、1957年に尾島町が世良田村の一部を編入し、1956年には木崎町・生品村・綿打村が新田町をつくりました。

2005年3月28日、太田市・尾島町・新田町・藪塚本町の1市3町が新設合併し、現在の太田市となりました。旧市と同じ名前を持つ、新たな自治体の発足です。金山周辺の市街地から利根川沿いの尾島、平野部の新田、八王子丘陵の藪塚までを含み、輸送機器産業と農業が共に営まれる市になりました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、新田郡に生品村・太田町・尾島町・木崎町・九合村・強戸村・澤野村・世良田村・鳥之郷村・宝泉村・藪塚本町・綿打村、山田郡に韮川村・毛里田村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
  2. 1893年7月15日明治26年山田郡韮川村の矢場・荒金・大町・植木野が矢場川村として、竜舞・沖之郷・茂木・下小林・八重笠が休泊村として分立した。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
  3. 1940年4月1日昭和15年九合村・澤野村・韮川村が新田郡太田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  4. 1943年11月1日昭和18年鳥之郷村が太田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  5. 1948年5月3日昭和23年太田町が市制を施行し、太田市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.gunma.jp
  6. 1956年9月30日昭和31年木崎町・生品村・綿打村が新設合併し、新田町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  7. 1957年4月1日昭和32年強戸村・休泊村が太田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  8. 1957年11月1日昭和32年世良田村の小角田・世良田・出塚・徳川・粕川が尾島町に、残りの区域が境町に編入され、世良田村が廃止された。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
  9. 1960年7月1日昭和35年矢場川村の大町・荒金と矢場・植木野の一部が栃木県足利市に、残りの区域が太田市に編入され、矢場川村が廃止された。種類:分割 出典:www.pref.gunma.jp
  10. 1963年4月1日昭和38年宝泉村が太田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  11. 1963年12月1日昭和38年毛里田村が太田市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.gunma.jp
  12. 2005年3月28日平成17年太田市・尾島町・新田町・藪塚本町が新設合併し、改めて太田市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
  13. 2010年3月1日平成22年太田市の前小屋町・二ツ小屋町の一部が埼玉県深谷市へ、深谷市高島の一部が群馬県太田市へ編入された。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.gunma.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

太田町→太田市1889〜今
薮塚本町→藪塚本町1889〜2005
尾島町1889〜2005
世良田村1889〜1957
新田町1956〜2005
生品村1889〜1956
綿打村1889〜1956
木崎町1889〜1956
毛里田村1889〜1963
宝泉村1889〜1963
矢場川村1893〜1960
強戸村1889〜1957
休泊村1893〜1957
鳥之郷村1889〜1943
韮川村1889〜1940
九合村1889〜1940
沢野村1889〜1940

参考にした資料