今のみどり市
群馬県東部にあり、北部には足尾山地、南部には大間々扇状地が広がります。渡良瀬川が山間部から南へ流れ、その渓流沿いをわたらせ渓谷鐵道が走ります。笠懸・大間々・東の三つの地域からなり、平地の市街地や農地と、草木湖周辺の山間地をあわせ持ちます。岩宿遺跡やながめ余興場、富弘美術館など、先史時代から近現代までの文化を伝える場所が各地域にあります。
今のみどり市の区域の人口は、2020年の国勢調査で49,648人です。今の区域で数えた1980年の60,265人とくらべると17.6%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は30.3%です。
主な産業:機械金属の加工や繊維業が営まれ、ナス・トマトなどの農業と観光も地域を支えています。
特産品・名産
- ナス市内で多く生産される野菜
- トマト市内で生産される特産野菜
- 醤油大間々の醸造の歴史を伝える製品
見どころ・祭り
- 岩宿遺跡日本の旧石器文化の存在を示した遺跡
- ながめ余興場大間々に残る歴史的な芝居小屋
- 富弘美術館星野富弘の詩画を展示する美術館
- 高津戸峡渡良瀬川の渓谷
木サクラ(ソメイヨシノ)花カタクリ、キク鳥キジみどり市の木・花・鳥
みどり市のなりたち
みどり市(みどりし)は、群馬県東部地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。福岡村・東村・大間々町・笠懸村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今のみどり市になりました。
今の名前「みどり市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は勢多郡・山田郡・新田郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、勢多郡は2009年(平成21年)5月5日に廃止されました、新田郡は2006年(平成18年)3月27日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大間々町の区域には大間々駅(わたらせ渓谷鐵道 わたらせ渓谷線)があります。
「みどり市」という名前
みどり市の名は、2006年の笠懸町・大間々町・東村の新設合併にあたり、公募で候補を募り、合併協議の話し合いによって決められました。緑豊かなふるさとを大切にする思いと、これからも自然と共に暮らす願いが込められています。三つの町村はそれぞれ新田郡・山田郡・勢多郡に属していました。合併によって新しい市となり、ひらがなの「みどり」を共通の市名としました。
まちの成り立ち
みどり市の地域は、渡良瀬川に沿う山間部から大間々扇状地へと広がります。近世には足尾銅山の銅を運ぶあかがね街道が通り、宿場町が発展しました。1889年4月1日の町村制で、新田郡笠懸村、山田郡大間々町と福岡村、南勢多郡東村などが発足しました。東村は1896年の郡の再編で勢多郡に属することになりました。
1954年10月1日に福岡村が大間々町へ編入され、同日には川内村の高津戸の一部も加わりました。川内村の残りは桐生市へ移っています。1958年2月1日には黒保根村の塩沢・上神梅・下神梅が大間々町へ編入されました。笠懸村は1990年4月1日に町制を施行して笠懸町となり、東村は独立した村として続きました。
2006年3月27日、笠懸町・大間々町・東村の2町1村が新設合併し、みどり市が誕生しました。三つの郡に属していた町村が一つの市にまとまった合併です。笠懸には旧石器文化の存在を示した岩宿遺跡、大間々にはながめ余興場、東町には星野富弘の作品を展示する富弘美術館があります。旧町村の歴史と文化施設が、現在の市の各地域に受け継がれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南勢多郡に東村・黒保根村、山田郡に大間々町・川内村・福岡村、新田郡に笠懸村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.gunma.jp
- 1896年4月1日明治29年南勢多郡と東群馬郡が再編され、東村・黒保根村が勢多郡に属することとなった。種類:郡の変更 出典:www.pref.gunma.jp
- 1954年10月1日昭和29年福岡村全域と川内村の高津戸の一部が大間々町に編入され、川内村の残りは桐生市に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1958年2月1日昭和33年黒保根村の塩沢・上神梅・下神梅が大間々町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.gunma.jp
- 1990年4月1日平成2年笠懸村が町制を施行し、笠懸町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.gunma.jp
- 2006年3月27日平成18年笠懸町・大間々町・勢多郡東村が新設合併し、みどり市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.gunma.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.midori.gunma.jp/shisei/1001657/1001831/1002864.html
- www.pref.gunma.jp/page/14541.html
- www.pref.gunma.jp/page/14429.html
- www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/641642.pdf
- www.city.midori.gunma.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/004/417/r7_zei
- www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/37639.pdf