今の堺市
大阪府の中南部、大阪湾に面する市です。北を大和川が流れ、海沿いの平地から南の泉北丘陵へ市域が広がります。百舌鳥古墳群が残り、中世には海外交易を通じて自治都市として発展しました。旧市街には刃物や線香などの伝統産業が受け継がれ、臨海部には工場が集まります。南部には泉北ニュータウンが広がり、住宅地と農地、ため池、丘陵の緑が共存しています。千利休ゆかりの茶の湯の文化も伝わります。
今の堺市の区域の人口は、2020年の国勢調査で826,161人です。今の区域で数えた1980年の839,421人とくらべると1.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は28.9%です。
主な産業:臨海部の製造業と、刃物・線香・注染などの伝統産業、商業がまちを支えます。
特産品・名産
- 堺打刃物堺で受け継がれる刃物づくり
- 線香堺の伝統産業の一つ
- 注染・和晒染めと晒しの技術を伝える織物製品
見どころ・祭り
- 百舌鳥古墳群仁徳天皇陵古墳などが集まる古墳群
- 大仙公園古墳の間に広がる公園
- さかい利晶の杜千利休と与謝野晶子を紹介する施設
木柳花ハナショウブ鳥モズ堺市の木・花・鳥
堺市のなりたち
堺市(さかいし)は、大阪府堺市地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、31の町村がありました。向井町・湊町・舳松村・三宝村・鶴田村・北上神村・神石村・五箇荘村・金岡村・百舌鳥村・浜寺町・踞尾村・東百舌鳥村・鳳村・深井村・八田荘村・大草村・野田村・東陶器村・久世村・西陶器村・上神谷村・丹比村・丹南村・黒山村・平尾村・美木多村・北八下村・南八下村・日置荘村・堺市です。これらの町村が、19回の合併や編入を経て、今の堺市になりました。
今の名前「堺市」は、1920年にあった堺市の名前を受け継いでいます。ほかの30の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の堺市が約5km²だったのに対し、今の堺市は約147km²と、およそ29.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南河内郡・泉北郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧金岡村の区域には金岡駅(阪和線)があります。旧百舌鳥村の区域には百舌鳥駅(阪和線)があります。旧深井村の区域には深井駅(南海電気鉄道 泉北線)があります。
「堺市」という名前
「堺」は、摂津・河内・和泉という三つの国の境に発展したまちであることから付いた名といわれています。平安時代には「さかい」と呼ばれるようになりました。旧市街を通る大小路筋は摂津と和泉の国境にあたり、道の北と南にまちが広がりました。三つの国にちなみ、「市」の字を三つ組み合わせた市章が1895年に制定されています。1889年の市制施行から、市名としても堺の名が続いています。
まちの成り立ち
1889年4月1日、港町として発展してきた堺区に市制が施行され、堺市が発足しました。初めの市域は現在の堺区の一部にあたります。1894年に大鳥郡向井村の七道を編入し、1920年には泉北郡の向井町と湊町を編入しました。その後も舳松村・三宝村・神石村が加わり、1938年には五箇荘村・百舌鳥村と南河内郡金岡村を編入しました。1942年には浜寺町・鳳町・踞尾村・八田荘村・深井村・東百舌鳥村を編入し、市域は南へも広がります。昭和の大合併期には、周辺で登美丘町、泉ヶ丘町、美原町が生まれました。堺市は1957年から1962年にかけて、北八下村・南八下村の区域の一部、日置荘町・泉ヶ丘町・福泉町・登美丘町を順に加えました。福泉町には1956年に美木多村が加わっており、泉北の丘陵地も市域となりました。東側の美原町は、平尾村・黒山村・丹南村が1956年に合併してできた町です。翌年には南大阪町から多治井が加わりました。2005年2月1日に美原町を編入し、2006年4月1日には政令指定都市へ移行しました。堺・中・東・西・南・北・美原の7区が置かれ、旧美原町の区域は美原区となっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年堺区の区域に市制が施行され、堺市が発足した。種類:市制施行 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大鳥郡に湊村・舳松村・向井村・五箇荘村・三宝村・鳳村・神石村・浜寺村・鶴田村・北上神村・東百舌鳥村・美木多村・中上神村・南上神村・西陶器村・久世村・深井村・東陶器村・八田荘村・中百舌鳥村・西百舌鳥村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、八上郡に金岡村・南八下村・北八下村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、丹南郡に大艸村・日置荘村・野田村・平尾村・黒山村・丹南村・丹比村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1891年2月25日明治24年大鳥郡神石村の一部(踞尾)が分かれ、踞尾村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1894年2月10日明治27年大鳥郡向井村の一部(七道)が堺市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1894年11月10日明治27年大鳥郡中上神村・南上神村が合併し、上神谷村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年大鳥郡・和泉郡の区域に泉北郡が発足し、旧大鳥郡の各村は泉北郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年八上郡と丹南郡の各村は、新たに発足した南河内郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1905年5月20日明治38年南河内郡大艸村が改称し、大草村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1913年11月1日大正2年泉北郡向井村が町制を施行し、向井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1914年4月1日大正3年泉北郡浜寺村が町制を施行し、浜寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1915年10月1日大正4年泉北郡湊村が町制を施行し、湊町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1919年4月1日大正8年泉北郡西百舌鳥村・中百舌鳥村が合併し、百舌鳥村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1920年4月1日大正9年泉北郡向井町・湊町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1920年6月1日大正9年泉北郡鳳村が町制を施行し、鳳町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1925年10月1日大正14年泉北郡舳松村が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1926年10月1日大正15年泉北郡三宝村が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1935年2月11日昭和10年泉北郡鶴田村・北上神村が合併し、福泉町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1938年2月11日昭和13年泉北郡神石村が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1938年9月1日昭和13年泉北郡五箇荘村・百舌鳥村と南河内郡金岡村が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1942年7月1日昭和17年泉北郡浜寺町・鳳町・踞尾村・八田荘村・深井村・東百舌鳥村が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1950年4月1日昭和25年南河内郡野田村・大草村が合併し、登美丘町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1951年9月1日昭和26年南河内郡日置荘村が町制を施行し、日置荘町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年泉北郡久世村・東陶器村・西陶器村・上神谷村が合併し、泉ヶ丘町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年南河内郡平尾村・黒山村・丹南村が合併し、美原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年南河内郡古市町・高鷲町・埴生村・西浦村・駒ヶ谷村・丹比村が合併し、南大阪町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年泉北郡美木多村が福泉町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1957年4月1日昭和32年南河内郡南大阪町の一部(多治井)が美原町に編入され、美原町の一部(丹南)が松原市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1957年10月15日昭和32年南河内郡北八下村の区域のうち中・野遠・南花田が堺市へ、河合が松原市へ移った。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年7月1日昭和33年南河内郡南八下村の区域のうち野尻と大饗・菩提・石原・小寺の各一部が堺市へ、残部が美原町へ移った。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年10月20日昭和33年南河内郡日置荘町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1959年5月3日昭和34年泉北郡泉ヶ丘町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1961年3月1日昭和36年泉北郡福泉町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1962年4月1日昭和37年南河内郡登美丘町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.city.sakai.lg.jp
- 1996年4月1日平成8年堺市が中核市となった。種類:その他 出典:www.masse.or.jp
- 2005年2月1日平成17年南河内郡美原町が堺市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 2006年4月1日平成18年堺市が政令指定都市となり、堺区・中区・東区・西区・南区・北区・美原区が設置された。種類:その他 出典:www.masse.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.sakai.lg.jp/shisei/gaiyo/profile/yurai.html
- www.city.sakai.lg.jp/kurashi/jutaku/jutaku/jukyohyoji/chimeiyurai.html
- www.city.sakai.lg.jp/kanko/sakai/index.html
- www.city.sakai.lg.jp/shisei/daitoshi_chihobun_koiki/seirei/gappei.html
- www.masse.or.jp/material/files/group/3/R7sityousonhando.pdf
- www.pref.osaka.lg.jp/documents/27753/0-1_zentai.pdf
- ja.wikipedia.org/wiki/泉北郡
- ja.wikipedia.org/wiki/南河内郡
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=大鳥郡&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=八上郡_(大阪府)&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=丹南郡&action=raw