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枚方市ひらかたし

1920年には10の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の枚方市になりました。

10町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の枚方市

大阪府の北東部にあり、京都府と奈良県に接する市です。西側を淀川が流れ、中央には台地、東には生駒山系につながる丘陵や山々が広がります。京街道の宿場町として発展し、今も枚方宿の面影を伝える建物が残っています。戦後は大規模な住宅団地が開かれ、大阪方面への通勤のまちとなりました。大学が集まる一方、東部などではエコれんげ米や葉付き玉ねぎなどの農産物も作られています。

今の枚方市の区域の人口は、2020年の国勢調査で397,289人です。今の区域で数えた1980年の353,358人とくらべると12.4%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.0%です。

397,289人人口(2020年)
+12.4%1980年からの増減
65.12km²面積(国土地理院)
6,101人/km²人口密度
30.0%65歳以上の割合
407,9781980199020052020
15歳未満 12.3%15〜64歳 57.7%65歳以上 30.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:住宅都市として商業や製造業が発達し、東部などで農業も営まれています。

特産品・名産

  • エコれんげ米市内で栽培される米
  • 葉付き玉ねぎ葉を付けて出荷される地域の農産物
  • 黒豆の枝豆市の特産農産物

見どころ・祭り

  • 枚方宿鍵屋資料館宿場町と淀川の水運の歴史を伝える
  • 百済寺跡国の特別史跡に指定された寺院跡
  • 旧田中家鋳物民俗資料館鋳物づくりと暮らしを伝える資料館
  • 牧野車塚古墳市内に残る古墳

木柳花菊・桜鳥カワセミ枚方市の木・花・鳥

枚方市のなりたち

枚方市(ひらかたし)は、大阪府北河内地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。牧野村・招提村・樟葉村・山田村・川越村・蹉だ村・菅原村・氷室村・津田村・枚方町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の枚方市になりました。

今の名前「枚方市」は、1920年にあった枚方町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の枚方町が約2km²だったのに対し、今の枚方市は約64km²と、およそ27.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北河内郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北河内郡は1971年(昭和46年)11月3日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧津田村の区域には津田駅(片町線)があります。

101920年の町村の数
3回合併・編入の回数
65km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「枚方市」という名前

「ひらかた」という地名の由来は、はっきりしていません。奈良時代に成立した『日本書紀』には、ひらかたを詠んだ歌が残っています。『播磨国風土記』にも、河内国茨田郡の「枚方里」という名が記されています。古くから使われていたこの地名は、近代の枚方町に受け継がれました。周辺の町村とまとまった後も名を保ち、1947年の市制施行で枚方市となりました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の市域には10の町村が発足しました。淀川沿いの茨田郡には枚方町と蹉跎村、交野郡には牧野村・招提村・川越村・樟葉村・山田村・津田村・氷室村・菅原村が置かれました。1896年には茨田郡・交野郡・讃良郡がまとまり、北河内郡となりました。1935年(昭和10年)2月11日に牧野村と招提村が合併して殿山町が発足しました。1938年(昭和13年)11月3日には、枚方町・殿山町・山田村・樟葉村・川越村・蹉跎村の6町村が合併し、枚方町となりました。東部では1940年(昭和15年)11月15日に津田村・氷室村・菅原村が合併し、津田町が生まれました。1947年(昭和22年)8月1日に枚方町が市制を施行して枚方市となりました。1955年(昭和30年)10月15日には津田町を編入しました。戦後は香里団地など大規模な住宅地の開発が進み、大阪の近郊農村から住宅都市へと姿を変えました。枚方宿の街道沿いには鍵屋が残り、牧野・樟葉・津田などの名は、今も地名や駅名として地域の暮らしの中で使われています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、茨田郡に枚方町・蹉跎村、交野郡に牧野村・招提村・川越村・樟葉村・山田村・津田村・氷室村・菅原村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年茨田郡・交野郡・讃良郡の区域に北河内郡が発足し、各町村が同郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1935年2月11日昭和10年北河内郡牧野村・招提村が合併し、殿山町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1938年11月3日昭和13年北河内郡枚方町・殿山町・山田村・樟葉村・川越村・蹉跎村が合併し、枚方町となった。種類:その他 出典:Wikipedia
  5. 1940年11月15日昭和15年北河内郡津田村・氷室村・菅原村が合併し、津田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.hirakata.osaka.jp
  6. 1947年8月1日昭和22年北河内郡枚方町が市制を施行し、枚方市となった。種類:市制施行 出典:www.masse.or.jp
  7. 1955年10月15日昭和30年北河内郡津田町が枚方市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

枚方町→枚方市1889〜今
津田町1940〜1955同じ名前の駅:津田駅
菅原村1889〜1940
氷室村1889〜1940
津田村1889〜1940同じ名前の駅:津田駅
樟葉村1889〜1938
山田村1889〜1938
川越村1889〜1938
蹉だ村1889〜1938
牧野村1889〜1935
招提村1889〜1935

参考にした資料