大阪府 › 交野市

交野市かたのし

1920年には3の町村だった区域が、2回の合併・編入を経て、今の交野市になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の交野市

大阪府の北東部にあり、生駒山地の山林と天野川沿いの平地に広がる市です。南部には府民の森のほしだ園地やくろんど園地があり、山麓には田畑や集落が残っています。北部などでは住宅地が広がり、大阪方面への通勤のまちとして発展しました。天野川や機物神社、逢合橋には七夕の伝説が伝わります。ぶどうや地酒、はちみつなど、地域で作られる産物もあります。

今の交野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で75,033人です。今の区域で数えた1980年の61,425人とくらべると22.2%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.8%です。

75,033人人口(2020年)
+22.2%1980年からの増減
25.55km²面積(国土地理院)
2,937人/km²人口密度
28.8%65歳以上の割合
77,6861980199020052020
15歳未満 12.9%15〜64歳 58.3%65歳以上 28.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:住宅都市として発展し、製造業やぶどう栽培、酒造が営まれています。

特産品・名産

  • ぶどう市の代表的な農産物
  • 地酒地域の酒蔵で造られる酒
  • はちみつ地域の特産品

見どころ・祭り

  • 獅子窟寺国宝の薬師如来坐像を伝える寺
  • ほしだ園地山林を生かした府民の森
  • くろんど園地山中の散策路を持つ府民の森
  • 機物神社織姫をまつる七夕伝説ゆかりの神社

木さくら花つつじ鳥きじ交野市の木・花・鳥

交野市のなりたち

交野市(かたのし)は、大阪府北河内地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。交野村・磐船村・星田村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の交野市になりました。

今の名前「交野市」は、1920年にあった交野町の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の交野村が約8km²だったのに対し、今の交野市は約25km²と、およそ3.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北河内郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北河内郡は1971年(昭和46年)11月3日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧星田村の区域には星田駅(片町線)があります。

31920年の町村の数
2回合併・編入の回数
26km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「交野市」という名前

「交野」は古くからこの地域に使われてきた地名です。奈良時代には交野郡の役所が今の郡津地区に置かれ、平安時代には宮廷人が交野が原を訪れて狩りを楽しみました。近代の自治体名では、1889年に交野村が発足しました。1939年に磐船村と合併した交野町、1955年に星田村と合併した新しい交野町を経て、1971年の市制施行でも交野の名を引き継ぎました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、交野郡に交野村・磐船村・星田村が発足しました。交野村は私部・倉治・郡津、磐船村は森・寺・私市・傍示をまとめた村でした。星田村も独立した自治体として歩み始めました。1896年には茨田郡・交野郡・讃良郡がまとまって北河内郡となり、3村はいずれも新しい郡に属しました。1939年(昭和14年)7月1日、交野村と磐船村が合併し、交野町が生まれました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)4月1日に交野町と星田村が合併しました。同じ交野町という名で、新しい町が発足しました。当時は農山村の面影が濃く残る地域でしたが、その後は住宅地が広がり、人口が増えていきました。都市としての施設を整えるため、1971年(昭和46年)11月3日に市制を施行し、交野市となりました。この日をもって、北河内郡に属する町村はなくなりました。市内には郡津や私部、星田などの地名が残っています。天野川や逢合橋、機物神社には七夕にまつわる伝説が伝わり、古くからの集落と山林を持つ田園都市としての姿を今に伝えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、交野郡に交野村・磐船村・星田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年茨田郡・交野郡・讃良郡の区域に北河内郡が発足し、各町村が同郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1939年7月1日昭和14年北河内郡交野村・磐船村が合併し、交野町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1955年4月1日昭和30年北河内郡交野町・星田村が合併し、改めて交野町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
  5. 1971年11月3日昭和46年北河内郡交野町が市制を施行して交野市となり、北河内郡が消滅した。種類:市制施行 出典:www.masse.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

交野町→交野市1939〜今
星田村1889〜1955同じ名前の駅:星田駅
交野村1889〜1939
磐船村1889〜1939

参考にした資料