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岬町みさきちょう

1920年には4の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の岬町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の岬町

大阪府の最南端にあり、和泉山脈を境に和歌山県と接する町です。北西側は大阪湾に面し、対岸に淡路島を望みます。海辺には自然海岸が残り、淡輪のヨットハーバーやせんなん里海公園など、海に親しむ施設があります。山地と漁村が近接し、漁業や農業が営まれてきました。淡輪には西陵古墳や宇度墓古墳があり、海沿いの集落と山間の孝子など、それぞれの地域が歴史を伝えています。

今の岬町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,741人です。今の区域で数えた1980年の22,864人とくらべると35.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.0%です。

14,741人人口(2020年)
−35.5%1980年からの増減
49.14km²面積(国土地理院)
300人/km²人口密度
41.0%65歳以上の割合
22,8641980199020052020
15歳未満 8.1%15〜64歳 50.9%65歳以上 41.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:漁業や農業が営まれ、海辺ではヨットなどの観光・レジャーも行われています。

特産品・名産

  • 昆布・わかめ紀淡海峡に近い海で養殖される海産物
  • しいたけ海辺に近い森で原木栽培される
  • 押し寿司地域ごとに魚や調理法が異なる祭礼料理

見どころ・祭り

  • 西陵古墳淡輪にある大規模な前方後円墳
  • 宇度墓古墳古代の町域を伝える前方後円墳
  • 淡輪ヨットハーバー海辺のレクリエーション施設
  • せんなん里海公園淡輪地区の海辺に整備された公園

木松花ツツジ岬町の木・花

岬町のなりたち

岬町(みさきちょう)は、大阪府泉南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。淡輪村・深日村・多奈川村・孝子村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の岬町になりました。

今の名前「岬町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の孝子村が約18km²だったのに対し、今の岬町は約48km²と、およそ2.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は泉南郡に属していました。

41920年の町村の数
1回合併・編入の回数
49km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「岬町」という名前

「岬町」は、1955年(昭和30年)に淡輪村・深日町・多奈川町・孝子村が合併した際に付けられた町名です。命名の具体的な経緯ははっきりしていません。現在の町は大阪府の最南端にあり、大阪湾に面する海岸と和泉山脈の山地にまたがります。合併前の淡輪・深日・多奈川・孝子の名は、今も町内の地名として残っています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行により、今の町域には日根郡の淡輪村・深日村・孝子村・多奈川村が置かれました。淡輪・深日・孝子はそれぞれ一つの村で新しい制度に移り、多奈川村は谷川・東畑・西畑・小島の4村が合併して生まれました。1896年(明治29年)には南郡と日根郡の区域が泉南郡となりました。

1903年(明治36年)に大阪と和歌山を結ぶ南海鉄道が開通し、当時の町域には深日駅が置かれました。1910年には淡輪駅ができ、淡輪遊園の開発が進みました。一方、漁業や農林業とともに、海路で各地へ運ばれた谷川瓦の生産も営まれていました。

1943年(昭和18年)2月11日に深日村が深日町となり、同年3月10日には多奈川村が多奈川町となりました。1955年(昭和30年)4月1日、淡輪村・深日町・多奈川町・孝子村の2町2村が新設合併し、岬町が発足しました。戦後は深日港の整備や海辺のレクリエーション施設の開設が進み、海と山に囲まれた町の暮らしが続いています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、日根郡の淡輪村・深日村・孝子村がそれぞれ発足し、同郡の谷川村・東畑村・西畑村・小島村が合併して多奈川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年南郡と日根郡の区域に泉南郡が置かれ、日根郡の淡輪村・深日村・孝子村・多奈川村が泉南郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1943年2月11日昭和18年泉南郡深日村が町制を施行し、深日町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1943年3月10日昭和18年泉南郡多奈川村が町制を施行し、多奈川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1955年4月1日昭和30年泉南郡の淡輪村・深日町・多奈川町・孝子村が合併し、岬町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.misaki.osaka.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

岬町1955〜今
淡輪村1889〜1955
深日村→深日町1889〜1955
多奈川村→多奈川町1889〜1955
孝子村1889〜1955

参考にした資料