今の茨木市
大阪府北部、北摂山地から大阪平野へ続く市です。北部には竜王山をはじめとする山々があり、安威川が山間を抜けて市街地へ流れます。南部にはJR京都線と阪急京都線が通り、大阪・京都へ通う住宅地が広がります。西国街道沿いには郡山宿本陣が残り、茨木城の城下町としての歴史も伝わります。山間部では野菜づくりが続き、市街地では商業やものづくりが営まれています。
今の茨木市の区域の人口は、2020年の国勢調査で287,730人です。今の区域で数えた1980年の234,062人とくらべると22.9%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は24.5%です。
主な産業:大阪・京都へ通う住宅地を背景に商業・製造業が集まり、北部では農業が営まれています。
特産品・名産
- 三島独活市の名産に挙げられるうど
- 龍王みそ北部地域でつくられる味噌
- 赤しそ山間部で栽培される農産物
見どころ・祭り
- 郡山宿本陣西国街道に残る本陣
- 総持寺市街地にある古寺
- 竜王山市北部の山
- 川端康成文学館川端康成ゆかりの資料を紹介
木カシ花バラ茨木市の木・花
茨木市のなりたち
茨木市(いばらきし)は、大阪府三島地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、13の町村がありました。溝咋村・宮島村・三島村・春日村・玉櫛村・安威村・見山村・清渓村・石河村・福井村・豊川村・三宅村・茨木町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の茨木市になりました。
今の名前「茨木市」は、1920年にあった茨木町の名前を受け継いでいます。ほかの12の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の茨木町が約3km²だったのに対し、今の茨木市は約75km²と、およそ22.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三島郡に属していました。
「茨木市」という名前
「茨木」の名は、茨に結び付けて語られてきた地名です。茨はバラの仲間で、市名の文字と市の花を結び付ける植物です。1967年に市の花に選ばれたバラも、地名の「いばら」にちなむものです。現在の市名は、1948年に三島郡茨木町と三島村・春日村・玉櫛村が合併したときに、中心となった茨木の名を受け継いでいます。
まちの成り立ち
茨木は、茨木城の城下町や西国街道沿いの集落を中心に発展してきました。1889年の町村制では、島下郡に茨木村・三島村・春日村・玉櫛村などが発足します。1896年には島上郡と島下郡がまとまり、三島郡となりました。茨木村は1898年に町制を施行しました。
1948年1月1日、茨木町・三島村・春日村・玉櫛村の1町3村が合併し、茨木市が生まれました。1954年には安威村・玉島村を編入します。玉島村は、1935年に溝咋村と宮島村が合併してできた村です。1955年には福井村・石河村・見山村・清渓村を編入し、市域は北の山間部へ広がりました。
1956年12月には箕面市に属していた旧豊川村東部が加わり、1957年3月には三宅村を編入しました。その後、旧三宅村南部の区域は1957年と1960年の二度にわたり三島町へ移っています。清渓村に属していた高山は1955年に東能勢村へ移りました。市の南部には鉄道沿線の住宅地や工場が広がり、北部には山林と農村の風景が残っています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、島下郡に茨木村・三島村・安威村・福井村・溝咋村・宮島村・豊川村・春日村・三宅村・玉櫛村・石河村・見山村・清渓村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年島上郡と島下郡の区域で三島郡が発足し、各村は三島郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1898年10月14日明治31年三島郡茨木村が町制を施行し、茨木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1935年2月11日昭和10年三島郡溝咋村・宮島村が合併し、玉島村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1948年1月1日昭和23年三島郡茨木町・三島村・春日村・玉櫛村が合併し、茨木市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.ibaraki.osaka.jp
- 1954年2月10日昭和29年三島郡安威村・玉島村が茨木市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp
- 1955年4月3日昭和30年三島郡福井村・石河村・見山村・清渓村が茨木市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp
- 1955年4月15日昭和30年茨木市の一部(高山)が豊能郡東能勢村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1956年12月25日昭和31年箕面市の一部(旧豊川村東部)が茨木市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.ibaraki.osaka.jp
- 1957年3月30日昭和32年三島郡三宅村が茨木市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp
- 1957年7月1日昭和32年茨木市の旧三宅村の一部(鶴野および太中・蔵垣内・乙辻・小坪井の各一部)が三島郡三島町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1958年1月1日昭和33年吹田市の一部が茨木市に編入された。種類:一部編入 出典:www.masse.or.jp
- 1960年4月1日昭和35年茨木市の旧三宅村の一部が三島郡三島町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8C%A8%E6%9C%A8%E5%B8%82&action=raw
- www.masse.or.jp/material/files/group/3/R7sityousonhando.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%89%E5%B3%B6%E9%83%A1_%28%E5%A4%A7%E9%9
- www.city.ibaraki.osaka.jp/shisei_info/shinogaiyo/53818.html
- www.city.ibaraki.osaka.jp/koho/kohohtml/1702/02/01.html
- www.city.ibaraki.osaka.jp/kikou/kensetsu/koen/menu/midori/ibaragihanaki.html