今の大阪市
大阪湾の奥に面し、淀川と大和川の河口に広がる市です。中心部を堂島川や土佐堀川などが流れ、川の間に中之島があります。上町台地には大阪城や四天王寺があり、西部には港と埋立地が広がります。江戸時代には全国の米や産物が集まる商業都市として発展しました。現在も梅田や難波を中心に商業・業務機能が集まり、港湾、工業、観光など多様な産業がまちを支えています。
今の大阪市の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,752,412人です。今の区域で数えた1980年の2,648,180人とくらべると3.9%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は25.5%です。
主な産業:卸売・小売や各種サービス業が集積し、製造業・港湾物流・観光も盛んです。
特産品・名産
- 粟おこし穀類を飴で固めた大阪の菓子
- 塩昆布府の市町村ハンドブックに載る名産
- 大阪市なにわの伝統野菜市内で受け継がれる伝統の野菜
見どころ・祭り
- 大阪城石垣や堀に囲まれた城跡と天守閣
- 四天王寺聖徳太子の創建と伝わる寺院
- 住吉大社航海安全などの信仰を集める神社
- 天神祭大阪天満宮を中心に行われる祭り
花サクラ・パンジー大阪市の花
大阪市のなりたち
大阪市(おおさかし)は、大阪府大阪市地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、51の町村がありました。千船村・神津村・稗島村・西中島村・大道村・中島村・北中島村・新庄村・豊里村・清水村・古市村・歌島村・城北村・豊崎町・中津町・鷺洲町・榎並町・川北村・鯰江町・福村・城東村・榎本村・中本町・伝法町・神路村・鶴橋町・小路村・生野村・津守村・今宮町・天王寺村・北百済村・玉出町・田辺町・平野郷町・敷津村・南百済村・粉浜村・住吉村・喜連村・長居村・墨江村・依羅村・古宮村・諸堤村・巽村・加美村・長吉村・矢田村・瓜破村・大阪市です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の大阪市になりました。
今の名前「大阪市」は、1920年にあった大阪市の名前を受け継いでいます。ほかの50の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の大阪市が約61km²だったのに対し、今の大阪市は約222km²と、およそ3.6倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中河内郡・北河内郡・東成郡・西成郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北河内郡は1971年(昭和46年)11月3日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧鶴橋町の区域には鶴橋駅(大阪環状線)があります。旧今宮町の区域には今宮駅(関西本線)があります。旧天王寺村の区域には天王寺駅(阪和線)があります。旧長居村の区域には長居駅(阪和線)があります。旧加美村の区域には加美駅(関西本線)があります。
「大阪市」という名前
「大阪」の地名の由来にはいくつかの説があり、はっきりしていません。室町時代に蓮如が記した御文章に「大坂」の名が見え、1496年にはその地に後の石山本願寺となる寺院が建てられました。周囲には商人らの住む寺内町が生まれました。江戸時代には「大坂」の表記が多く使われ、「大阪」も混用されていました。明治10年ごろには「大阪」の表記が定着し、1889年に発足した市もこの名を受け継いでいます。
まちの成り立ち
1889年4月1日、東・南・西・北の4区を区域として大阪市が発足しました。当初の市域は、江戸時代から続く商業の中心部でした。1897年の第1次市域拡張で、東成郡と西成郡の町村の全域や一部を編入しました。玉造・東平野や福島・難波、木津川沿いの新田などが市に加わります。市外に残った地域でも伝法・鯰江・鶴橋などが町となり、市街地が郊外へ広がっていきました。1925年4月1日の第2次市域拡張では、東成郡の24町村と西成郡の20町村をすべて編入しました。淀川の両岸から平野・住吉までが市域となり、東成郡と西成郡は消滅しました。市内には13の行政区が置かれ、その後も分区と再編が続きます。東側に残っていた諸堤村と古宮村は、1939年に合併して北河内郡茨田町となりました。1955年4月3日の第3次市域拡張で、この茨田町と中河内郡の巽町・加美村・長吉村・瓜破村・矢田村を編入しました。翌1956年には政令指定都市となっています。旧町村の名は、鶴橋・今宮・田辺・平野など、今の町名や駅名にも受け継がれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年東区・南区・西区・北区の区域に市制が施行され、大阪市が発足した。種類:市制施行 出典:www.masse.or.jp
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東成郡に野田村・都島村・玉造町・東平野町・西高津村・清堀村・天王寺村・生野村・鶴橋村・中本村・南新開荘村・小路村・北新開荘村・榎本村・鯰江村・榎並村・城北村・古市村・清水村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西成郡に曽根崎村・上福島村・下福島村・北野村・川崎村・野田村・天保町・九条村・三軒家村・西浜町・難波村・伝法村・鷺洲村・中津村・豊崎村・勝間村・粉浜村・木津村・川南村・今宮村・西中島村・豊里村・大道村・中島村・新庄村・北中島村・神津村・歌島村・千船村・稗島村・福村・川北村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、住吉郡に平野郷町・喜連村・北百済村・南百済村・田辺村・依羅村・墨江村・住吉村・安立町・敷津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、丹北郡に長吉村・瓜破村・矢田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、渋川郡に加美村・巽村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、茨田郡に今津村・諸堤村・古宮村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1894年10月25日明治27年住吉郡依羅村が分割され、寺岡・前堀・堀を区域とする長居村と、残部を区域とする依羅村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年東成郡・住吉郡の区域に改めて東成郡が発足し、旧住吉郡の各町村は東成郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年丹北郡の長吉村・瓜破村・矢田村と渋川郡の加美村・巽村は、新たに発足した中河内郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年茨田郡の今津村・諸堤村・古宮村は、新たに発足した北河内郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年東成郡玉造町・東平野町・清堀村・西高津村の全域と、中本村・鶴橋村・生野村・天王寺村・野田村・鯰江村・都島村の各一部が大阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年西成郡三軒家村・九条村・難波村・天保町・上福島村・下福島村・北野村・曽根崎村・西浜町の全域と、伝法村・川北村・川南村・野田村・川崎村・豊崎村・木津村・今宮村の各一部が大阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年東成郡野田村の残部が鯰江村に、都島村の残部が城北村に、天王寺村の一部が鶴橋村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年西成郡木津村の残部が今宮村に、野田村・川北村の残部が伝法村に、川崎村の残部が豊崎村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1897年4月1日明治30年西成郡川南村の残部(津守新田)が改称し、津守村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1902年4月1日明治35年北河内郡今津村が東成郡榎本村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1902年7月7日明治35年北河内郡諸堤村の一部(横堤の一部)が東成郡榎本村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1903年11月5日明治36年西成郡伝法村が町制を施行し、伝法町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1910年9月1日明治43年東成郡鯰江村が町制を施行し、鯰江町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1911年2月1日明治44年西成郡鷺洲村・中津村がそれぞれ町制を施行し、鷺洲町・中津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1912年1月1日明治45年西成郡豊崎村が町制を施行し、豊崎町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1912年10月1日大正元年東成郡鶴橋村・中本村がそれぞれ町制を施行し、鶴橋町・中本町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1914年4月1日大正3年東成郡田辺村が町制を施行し、田辺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1914年10月1日大正3年東成郡榎並村が町制を施行し、榎並町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1915年11月10日大正4年西成郡勝間村が町制を施行するとともに改称し、玉出町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1916年1月1日大正5年東成郡南新開荘村・北新開荘村がそれぞれ改称し、神路村・城東村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1917年9月1日大正6年西成郡今宮村が町制を施行し、今宮町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年5月1日大正11年西成郡千船村が町制を施行し、千船町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年7月15日大正11年西成郡神津村が町制を施行し、神津町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1922年10月1日大正11年西成郡稗島村が町制を施行し、稗島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1923年6月1日大正12年西成郡西中島村が町制を施行し、西中島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1925年4月1日大正14年東成郡天王寺村・平野郷町・喜連村・北百済村・南百済村・田辺町・依羅村・墨江村・住吉村・安立町・敷津村・長居村・生野村・鶴橋町・中本町・神路村・小路村・城東村・榎本村・鯰江町・榎並町・城北村・古市村・清水村が大阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1925年4月1日大正14年西成郡伝法町・鷺洲町・歌島村・千船町・稗島町・福村・川北村・中津町・豊崎町・西中島町・豊里村・大道村・中島村・新庄村・北中島村・神津町・玉出町・粉浜村・津守村・今宮町が大阪市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1939年6月1日昭和14年北河内郡諸堤村・古宮村が合併し、茨田町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1948年1月1日昭和23年中河内郡巽村が町制を施行し、巽町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年4月3日昭和30年中河内郡長吉村・瓜破村・矢田村・加美村・巽町と北河内郡茨田町が大阪市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1956年9月1日昭和31年大阪市が政令指定都市となった。種類:その他 出典:www.masse.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000010271.html
- www.oml.city.osaka.lg.jp/page/1146.html
- www.masse.or.jp/material/files/group/3/R7sityousonhando.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=東成郡&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=西成郡&action=raw
- www.pref.osaka.lg.jp/documents/27753/0-1_zentai.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=住吉郡&action=raw
- ja.wikipedia.org/wiki/丹北郡
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=渋川郡&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=茨田郡&action=raw
- ja.wikipedia.org/wiki/中河内郡
- ja.wikipedia.org/wiki/北河内郡