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豊中市とよなかし

1920年には9の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の豊中市になりました。

9町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の豊中市

大阪市の北西側に位置し、北の千里丘陵から南の平地へ広がる市です。西側には猪名川や大阪国際空港があり、阪急宝塚線や北大阪急行の沿線に住宅地が続きます。北部には千里ニュータウン、南部には庄内の商店街や工場が集まります。服部緑地の緑や桜塚古墳群など、市街地の中に自然と歴史が残っています。豊中運動場で全国中等学校優勝野球大会が始まったことから、高校野球発祥の地としても知られます。

今の豊中市の区域の人口は、2020年の国勢調査で401,558人です。今の区域で数えた1980年の403,174人とくらべると0.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は26.3%です。

401,558人人口(2020年)
−0.4%1980年からの増減
36.39km²面積(国土地理院)
11,035人/km²人口密度
26.3%65歳以上の割合
413,2131980199020052020
15歳未満 13.7%15〜64歳 60.0%65歳以上 26.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:住宅地を背景に商業・サービス業が発達し、南部には金属加工などの製造業が集まります。

特産品・名産

  • 金属加工品市の産業を支える製造品
  • マチカネワニの菓子ワニをかたどった地域の土産菓子
  • 神社ビール春日神社の湧水を使う地ビール

見どころ・祭り

  • 服部緑地住宅地の中に広がる緑地
  • 桜塚古墳群大塚古墳などが残る古墳群
  • 高校野球発祥の地記念公園豊中運動場の歴史を伝える公園
  • 春日大社南郷目代今西氏屋敷市街地に残る歴史的な屋敷

木キンモクセイ花バラ豊中市の木・花

豊中市のなりたち

豊中市(とよなかし)は、大阪府豊能地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。豊中村・桜井谷村・麻田村・熊野田村・中豊島村・南豊島村・小曽根村・新田村・庄内村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の豊中市になりました。

今の名前「豊中市」は、1920年にあった豊中市の名前を受け継いでいます。ほかの8の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の豊中村が約4km²だったのに対し、今の豊中市は約36km²と、およそ10.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は三島郡・豊能郡に属していました。

91920年の町村の数
3回合併・編入の回数
36km²今の面積
1955年いちばん新しい合併

「豊中市」という名前

「豊中」は、1889年に豊島郡の5つの村が合併して豊中村が置かれたときに生まれた地名です。豊島郡の中央に当たることから名付けられたと伝えられています。古くから使われてきた郡名の「豊」と、位置を示す「中」を組み合わせた名です。豊中村は1927年に豊中町となり、1936年に周辺3村と合併した際も、この名を受け継いで豊中市となりました。

まちの成り立ち

豊中の市域は、古くは豊島郡の村々を中心としていました。1889年の町村制で、新免村・南轟木村・山ノ上村・桜塚村・岡町村が合併し、豊中村が発足します。周辺には麻田村・桜井谷村・熊野田村・中豊島村・南豊島村・小曽根村・庄内村が置かれました。1896年に豊島郡と能勢郡が統合され、各村は豊能郡に属しました。

鉄道が通ると大阪へ通う住宅地が発展し、豊中村は1927年に町制を施行しました。1936年10月15日、豊中町・麻田村・桜井谷村・熊野田村の1町3村が合併し、豊中市が生まれます。1939年には南部の庄内村も町制を施行しました。

1947年には中豊島村・南豊島村・小曽根村を編入しました。1953年には三島郡新田村が分割され、上新田が豊中市に、下新田が吹田市に入ります。1955年に庄内町を編入し、現在につながる市域が整いました。北部には千里ニュータウンが開かれ、南部には工場や商店街が集まっています。服部緑地や桜塚の古墳群もあり、住宅地の中に自然や地域の歴史が残されています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、豊島郡に豊中村・麻田村・桜井谷村・熊野田村・中豊島村・南豊島村・小曽根村・庄内村が、島下郡に新田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年豊島郡の各村は豊能郡に、島下郡の新田村は三島郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1927年4月1日昭和2年豊能郡豊中村が町制を施行し、豊中町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1936年10月15日昭和11年豊能郡豊中町・麻田村・桜井谷村・熊野田村が合併し、豊中市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.toyonaka.osaka.jp
  5. 1939年9月昭和14年豊能郡庄内村が町制を施行し、庄内町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  6. 1947年3月15日昭和22年豊能郡中豊島村・南豊島村・小曽根村が豊中市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp
  7. 1953年7月1日昭和28年三島郡新田村が分割され、上新田が豊中市に、下新田が吹田市に編入された。種類:分割 出典:www.masse.or.jp
  8. 1955年1月1日昭和30年豊能郡庄内町が豊中市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

豊中市1936〜今
庄内村→庄内町1889〜1955
新田村1889〜1953
中豊島村1889〜1947
南豊島村1889〜1947
小曽根村1889〜1947
桜井谷村1889〜1936
麻田村1889〜1936
熊野田村1889〜1936
豊中町1927〜1936
豊中村1889〜1927

参考にした資料