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豊能町とよのちょう

1920年には3の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の豊能町になりました。

3町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の豊能町

大阪府北部の北摂山地にある町です。山を隔てた東西の地域に分かれ、東部には余野や高山などの農村集落、西部には能勢電鉄沿線の住宅地が広がっています。高山真菜や高山牛蒡などの伝統野菜が受け継がれ、高山右近ゆかりの史跡や高代寺の石造物も残ります。初谷渓谷などで里山の自然に触れられ、大都市近郊の住宅地と農村の風景が隣り合っています。

今の豊能町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,279人です。今の区域で数えた1980年の12,471人とくらべると46.6%ふえ、人口は1995年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は47.5%です。

18,279人人口(2020年)
+46.6%1980年からの増減
34.34km²面積(国土地理院)
532人/km²人口密度
47.5%65歳以上の割合
26,6171980199020052020
15歳未満 6.6%15〜64歳 45.9%65歳以上 47.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:都市近郊の住宅地が広がり、高山真菜・高山牛蒡などの野菜や米を生産しています。

特産品・名産

  • 高山真菜高山地区で受け継がれるなにわの伝統野菜
  • 高山牛蒡香りと柔らかさが特徴の伝統野菜
  • シルク21町の山間部で作られる米

見どころ・祭り

  • 高山右近ゆかりの高山地区キリシタン関係の伝承を持つ石造物が残る
  • 高代寺中世の五輪塔や参道の六地蔵が残る寺
  • 初谷渓谷妙見山へ続く里山の渓谷

木スギ花タンポポ鳥ウグイス豊能町の木・花・鳥

豊能町のなりたち

豊能町(とよのちょう)は、大阪府豊能地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。清渓村・吉川村・東能勢村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の豊能町になりました。

今の名前「豊能町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の東能勢村が約17km²だったのに対し、今の豊能町は約34km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は三島郡・豊能郡に属していました。

31920年の町村の数
4回合併・編入の回数
34km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

「豊能町」という名前

町名の「豊能」は、所属する豊能郡と同じ名前です。豊能郡は、1896年(明治29年)に豊島郡と能勢郡をまとめて生まれました。町の前身は東能勢村で、1977年(昭和52年)4月1日に豊能村へ改称し、同日に町制を施行して豊能町となりました。町制の前には、1956年の合併でも東能勢村という名が引き継がれていました。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、余野村・川尻村・木代村・切畑村・野間口村が合併して能勢郡東能勢村が発足しました。西側では吉川村と兵庫県川辺郡横路村の一部がまとまり、能勢郡吉川村となります。1896年には両村とも豊能郡に属しました。東部には谷沿いの農村が広がり、西部には高代寺や妙見山へ向かう道と結びついた集落がありました。

1955年(昭和30年)4月には、旧清渓村の高山地区が茨木市から東能勢村に編入されました。高山はキリシタン大名の高山右近にゆかりのある土地です。1956年9月30日には東能勢村と吉川村が合併し、改めて東能勢村となりました。さらに1958年4月1日、京都府亀岡市西別院町の牧と寺田の大部分が加わります。こうして旧能勢郡、旧島下郡、京都府側に属していた地域が、一つの村にまとまりました。

その後、西部を中心に住宅開発が進み、ときわ台や光風台などの住宅地が広がりました。1977年(昭和52年)4月1日、東能勢村は豊能村へ名前を変え、同日に町制を施行しました。現在の豊能町は、山間の集落や田畑と、鉄道沿線の住宅地をあわせ持つ町です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、能勢郡余野村・川尻村・木代村・切畑村・野間口村が合併して東能勢村が、能勢郡吉川村と兵庫県川辺郡横路村の一部が合併して吉川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、島下郡泉原村・佐保村・千提寺村・高山村が合併し、清渓村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、京都府南桑田郡柚原村・万願寺村・大槻並村・笑路村・犬甘野村・神地村・寺田村・牧村が合併し、西別院村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1896年4月1日明治29年豊島郡と能勢郡の区域をもって豊能郡が、島上郡と島下郡の区域をもって三島郡が発足し、東能勢村・吉川村は豊能郡、清渓村は三島郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1955年1月1日昭和30年京都府南桑田郡亀岡町・東別院村・西別院村・曾我部村・吉川村・薭田野村・本梅村・畑野村・宮前村・大井村・千代川村・馬路村・旭村・千歳村・河原林村・保津村が合併し、亀岡市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.kameoka.kyoto.jp
  6. 1955年4月3日昭和30年三島郡福井村・石河村・見山村・清溪村が茨木市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
  7. 1955年4月15日昭和30年茨木市の一部(高山)が豊能郡東能勢村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  8. 1956年9月30日昭和31年豊能郡東能勢村・吉川村が合併し、改めて東能勢村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  9. 1958年4月1日昭和33年京都府亀岡市西別院町の牧と寺田の大部分が、大阪府豊能郡東能勢村に編入された。種類:県境を越えた編入 出典:Wikipedia
  10. 1977年4月1日昭和52年豊能郡東能勢村が改称し、豊能村となった。種類:改称 出典:www.e-stat.go.jp
  11. 1977年4月1日昭和52年豊能郡豊能村が町制を施行し、豊能町となった。種類:町制施行 出典:www.e-stat.go.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東能勢村→豊能町1889〜今
吉川村1889〜1956
清渓村→清溪村1889〜1955

参考にした資料