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能勢町のせちょう

1920年には5の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の能勢町になりました。

5町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の能勢町

大阪府の最北端にある山あいの町です。京都府や兵庫県と接し、北摂山地の山々に囲まれた谷や盆地に田畑と集落が広がります。農林業を背景に、銀寄栗や米、茶の湯に使う菊炭が作られてきました。野間の大けやきや歌垣山など、里山の自然と歴史が身近に残ります。地元の人々が語り継いできた浄瑠璃も町の文化を形づくり、淨るりシアターがその発信拠点になっています。

今の能勢町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,079人です。今の区域で数えた1980年の10,024人とくらべると9.4%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.1%です。

9,079人人口(2020年)
−9.4%1980年からの増減
98.75km²面積(国土地理院)
92人/km²人口密度
42.1%65歳以上の割合
14,1861980199020052020
15歳未満 6.8%15〜64歳 51.2%65歳以上 42.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農林業や卸売・小売業が暮らしを支え、栗・米・菊炭などを生産しています。

特産品・名産

  • 銀寄栗能勢を発祥地とする栗の代表的な品種
  • 能勢米山あいの田で育てられる町の農産物
  • 菊炭クヌギを原料とする茶の湯用の炭

見どころ・祭り

  • 野間の大けやき国の天然記念物に指定された巨木
  • 歌垣山古代の歌垣の伝承が残る山
  • 淨るりシアター能勢の浄瑠璃を伝える文化施設

木ケヤキ花ササユリ能勢町の木・花

能勢町のなりたち

能勢町(のせちょう)は、大阪府豊能地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。枳根荘村・西郷村・歌垣村・田尻村・東郷村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の能勢町になりました。

今の名前「能勢町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の枳根荘村が約44km²だったのに対し、今の能勢町は約97km²と、およそ2.2倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は豊能郡に属していました。

51920年の町村の数
3回合併・編入の回数
99km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

「能勢町」という名前

「能勢」は、町ができる以前から使われてきた地域名です。1889年(明治22年)に現在の町域にできた五つの村も、初めは能勢郡に属していました。郡の名は1896年に豊能郡へ変わり、1956年の三村合併で新しい自治体の名に「能勢」が用いられました。「能勢」という地名のさらに古い由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、現在の能勢町域には能勢郡の東郷村・歌垣村・田尻村・西郷村・枳根荘村が発足しました。1896年には能勢郡と豊島郡がまとまって豊能郡となり、五村も新しい郡に属しました。歌垣や田尻など、かつての村の名は今も地域の呼び名として受け継がれています。

西部では1931年(昭和6年)1月1日に西郷村と枳根荘村が合併し、昭和村が生まれました。翌1932年4月1日には西能勢村へ改称します。1956年(昭和31年)9月30日、この西能勢村と歌垣村・田尻村の三村が合併して、能勢町が発足しました。1959年5月3日には東郷村を編入し、現在につながる町の形が整いました。

この地方は摂津と日本海側を結ぶ道に沿い、中世以降には多田源氏の流れをくむ能勢氏が勢力を伸ばしました。江戸時代には能勢妙見への参拝も広まりました。山間の気候を生かし、米・寒天・高野豆腐の「三白」、栗・炭・牛の「三黒」の産地として知られるようになります。地域で語り継がれた浄瑠璃も受け継がれ、淨るりシアターはその文化を伝える拠点となっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、能勢郡野間中村・地黄村・野間稲地村・野間出野村・野間西山村・野間大原村が合併し、東郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年能勢郡倉垣村・杉原村・吉野村・山内村が合併して歌垣村が、上田尻村・下田尻村が合併して田尻村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1889年4月1日明治22年能勢郡宿野村・柏原村・下田村・大里村・片山村・平通村・栗栖村が合併し、西郷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  4. 1889年4月1日明治22年能勢郡今西村・山辺村・天王村・山田村・森上村・長谷村・平野村・垂水村・稲地村・上杉村・神山村が合併し、枳根荘村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  5. 1896年4月1日明治29年豊島郡と能勢郡の区域をもって豊能郡が発足し、東郷村・歌垣村・田尻村・西郷村・枳根荘村は豊能郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  6. 1931年1月1日昭和6年豊能郡西郷村・枳根荘村が合併し、昭和村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  7. 1932年4月1日昭和7年豊能郡昭和村が改称し、西能勢村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  8. 1956年9月30日昭和31年豊能郡西能勢村・歌垣村・田尻村が合併し、能勢町が発足した。種類:新設合併 出典:www.masse.or.jp
  9. 1959年5月3日昭和34年豊能郡東郷村が能勢町に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

能勢町1956〜今
東郷村1889〜1959
歌垣村1889〜1956
田尻村1889〜1956
西能勢村1931〜1956
枳根荘村1889〜1931
西郷村1889〜1931

参考にした資料