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羽曳野市はびきのし

1920年には6の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の羽曳野市になりました。

6町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の羽曳野市

大阪府南部にある、古墳と古い街道のまちです。応神天皇陵古墳や白鳥陵古墳をはじめ、大小の古墳が住宅地や田畑の間に残ります。古市では竹内街道と東高野街道が交わり、古くから人や物が行き交いました。壺井には河内源氏ゆかりの寺社があります。鉄道の開通後は大阪市の郊外住宅地として発展しました。農業ではぶどうやいちじくが栽培され、ぶどうを使うワインづくりや、さいぼしなどの食文化も伝わっています。

今の羽曳野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で108,736人です。今の区域で数えた1980年の103,181人とくらべると5.4%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.0%です。

108,736人人口(2020年)
+5.4%1980年からの増減
26.45km²面積(国土地理院)
4,111人/km²人口密度
31.0%65歳以上の割合
119,2461980199020052020
15歳未満 11.5%15〜64歳 57.6%65歳以上 31.0%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業や製造業に加え、ぶどう・いちじくの栽培、ワインや食肉加工品の生産が行われています。

特産品・名産

  • ぶどうデラウェアなどが栽培される
  • ワイン市内産のぶどうを使った醸造品
  • さいぼし馬肉をくん製にした郷土の食品

見どころ・祭り

  • 応神天皇陵古墳古市古墳群を代表する大型の古墳
  • 白鳥陵古墳白鳥伝説とゆかりがある古墳
  • 誉田八幡宮河内源氏ゆかりの品を伝える
  • 壺井八幡宮壺井の里にある河内源氏のゆかりの社

木橘花桃羽曳野市の木・花

羽曳野市のなりたち

羽曳野市(はびきのし)は、大阪府南河内地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。高鷲村・古市町・埴生村・丹比村・駒ケ谷村・西浦村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の羽曳野市になりました。

今の名前「羽曳野市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の古市町が約8km²だったのに対し、今の羽曳野市は約26km²と、およそ3.3倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は南河内郡に属していました。

61920年の町村の数
1回合併・編入の回数
26km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「羽曳野市」という名前

羽曳野の名は、ヤマトタケルノミコトの白鳥伝説に由来します。亡くなったヤマトタケルが白鳥となり、この地へ舞い降りた後、羽を曳くように空高く飛び去ったと伝えられています。この伝説にちなむ白鳥陵古墳が市内にあります。1956年に発足した南大阪町は、1959年1月15日の市制施行に合わせて羽曳野市となりました。

まちの成り立ち

1889年4月1日の町村制で、今の市域には丹南郡高鷲村・丹比村・埴生村と、古市郡古市村・西浦村・駒ヶ谷村が発足しました。1896年には両郡などの区域から南河内郡が生まれ、各村は新しい郡に属します。1898年には河陽鉄道の柏原・富田林間が開通しました。古市村は1916年8月1日に町制を施行し、古市町となります。

1923年に大阪鉄道の阿部野橋・道明寺間が開通すると、大阪市との結びつきが強まりました。郊外の住宅地としても発展し、1955年4月1日には高鷲村が高鷲町となりました。1956年9月30日、古市町・高鷲町・丹比村・埴生村・西浦村・駒ヶ谷村の2町4村が新設合併し、南大阪町が生まれます。1957年4月1日には多治井地区が美原町に移りました。1959年1月15日、南大阪町は市制を施行し、羽曳野市となります。

古市は竹内街道と東高野街道が交わる場所で、江戸時代には代官所や舟の船着場が置かれました。壺井には河内源氏ゆかりの寺社があり、古市古墳群とともに古くからの歴史を伝えています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、丹南郡に高鷲村・丹比村・埴生村が、古市郡に古市村・西浦村・駒ヶ谷村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年石川郡・錦部郡・八上郡・古市郡・安宿部郡・丹南郡と志紀郡の一部の区域で南河内郡が発足し、6村は南河内郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1916年8月1日大正5年南河内郡古市村が町制を施行し、古市町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1955年4月1日昭和30年南河内郡高鷲村が町制を施行し、高鷲町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1956年9月30日昭和31年南河内郡古市町・高鷲町・丹比村・埴生村・西浦村・駒ヶ谷村が合併し、南大阪町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
  6. 1957年4月1日昭和32年南河内郡南大阪町の一部(多治井)が美原町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1959年1月15日昭和34年南河内郡南大阪町が市制を施行するとともに改称し、羽曳野市となった。種類:市制施行 出典:www.city.habikino.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

羽曳野市1956〜今
高鷲村→高鷲町1889〜1956
古市町1916〜1956
埴生村1889〜1956
丹比村1889〜1956
駒ケ谷村1889〜1956
西浦村1889〜1956

参考にした資料