今の松原市
大阪市と堺市に接し、大和川の南側に広がる平坦なまちです。近鉄南大阪線が東西に通り、河内松原駅や河内天美駅の周辺には住宅や商店が集まっています。竹内街道や長尾街道など古い道が交わり、柴籬神社や布忍神社には地域の歴史が伝わります。市内では金網や印材、真珠核などがつくられています。住宅地の間に農地も残り、トマトや枝豆、ねぎなどの野菜が栽培されています。
今の松原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で117,641人です。今の区域で数えた1980年の135,849人とくらべると13.4%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は30.7%です。
主な産業:住宅地の商業・サービス業に加え、金網や印材の製造、野菜の栽培が営まれています。
特産品・名産
- 河内合鴨松原の特産として育てられる合鴨
- 難波葱地域で生産される伝統野菜
- 金網市内に製造業者が集まる地場製品
見どころ・祭り
- 柴籬神社丹比柴籬宮の伝承を伝える社
- 布忍神社西除川沿いに鎮座する神社
- 屯倉神社中高野街道沿いにある神社
木マツ花バラ松原市の木・花
松原市のなりたち
松原市(まつばらし)は、大阪府南河内地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。天美村・恵我村・三宅村・布忍村・松原村・北八下村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の松原市になりました。
今の名前「松原市」は、1920年にあった松原市の名前を受け継いでいます。ほかの5の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の松原村が約5km²だったのに対し、今の松原市は約16km²と、およそ3.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は中河内郡・南河内郡に属していました。
「松原市」という名前
松原という地名は、平安時代の松原荘にさかのぼります。1148年の高野山参籠の日記に名が現れ、今の河内松原駅南側の上田・新堂・岡地区に当たるとされます。この名が近代の松原村・松原町を経て市名に受け継がれました。地名そのものの詳しい語源は、はっきりしていません。丹比柴籬宮の跡に松が生えたことにちなむという伝承もあります。
まちの成り立ち
1889年4月1日の町村制で、今の市域の中心部には丹北郡松原村・天美村・布忍村・恵我村・三宅村が発足しました。南側には八上郡北八下村と丹南郡丹南村もありました。1896年には郡が再編され、丹北郡の5村は中河内郡、北八下村と丹南村は南河内郡に属します。
1942年7月1日に松原村が松原町となり、1947年1月1日には天美村が天美町となりました。1955年2月1日、松原町・天美町・布忍村・恵我村・三宅村の2町3村が新設合併し、松原市が誕生しました。1957年4月1日には美原町の丹南地区が加わり、同年10月15日には北八下村の区域の一部である河合地区が松原市へ移りました。1964年4月1日には北若林地区が八尾市へ移っています。
まちには竹内街道、長尾街道、中高野街道などが通り、古くから交通の要所でした。1704年の大和川付替えは、農地や水路に大きな変化をもたらしました。戦後は大阪近郊の住宅都市として成長し、1969年には人口が10万人を超えました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、丹北郡に松原村・天美村・布忍村・恵我村・三宅村が、八上郡に北八下村が、丹南郡に丹南村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年丹北郡の松原村・天美村・布忍村・恵我村・三宅村は中河内郡に、八上郡北八下村と丹南郡丹南村は南河内郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1942年7月1日昭和17年中河内郡松原村が町制を施行し、松原町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1947年1月1日昭和22年中河内郡天美村が町制を施行し、天美町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年中河内郡松原町・天美町・布忍村・恵我村・三宅村が合併し、松原市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年南河内郡平尾村・黒山村・丹南村が合併し、美原町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1957年4月1日昭和32年南河内郡美原町の一部(丹南)が松原市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.matsubara.lg.jp
- 1957年10月15日昭和32年南河内郡北八下村の区域の一部(河合)が松原市へ移った。種類:一部編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
- 1964年4月1日昭和39年松原市の一部(北若林)が八尾市に編入された。種類:一部編入 出典:www.city.matsubara.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.matsubara.lg.jp/docs/page4601.html
- www.city.matsubara.lg.jp/docs/page4377.html
- www.city.matsubara.lg.jp/docs/page4381.html
- www.city.matsubara.lg.jp/fs/1/8/2/9/8/0/_/hataizikanban.pdf
- www.masse.or.jp/material/files/group/3/R7sityousonhando.pdf
- www.pref.osaka.lg.jp/documents/27753/0-1_zentai.pdf
- ja.wikipedia.org/wiki/中河内郡
- ja.wikipedia.org/wiki/南河内郡