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門真市かどまし

1920年には4の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の門真市になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の門真市

大阪府の北東部、大阪市や守口市などに接する平坦な市です。かつては水路の通う農村で、れんこん栽培が盛んでした。京阪電車の開通や工場の立地を経て、住宅と工業のまちへ発展しました。北部には京阪電車の駅を中心に市街地が続き、南部にも地下鉄や幹線道路が通っています。三島神社の大きなくすのきや伝茨田堤、砂子水路など、都市の中にも水郷の歴史を伝える場所が残っています。

今の門真市の区域の人口は、2020年の国勢調査で119,764人です。今の区域で数えた1980年の138,902人とくらべると13.8%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は30.2%です。

119,764人人口(2020年)
−13.8%1980年からの増減
12.3km²面積(国土地理院)
9,737人/km²人口密度
30.2%65歳以上の割合
142,2971980199020052020
15歳未満 10.0%15〜64歳 59.8%65歳以上 30.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:電気機器や関連部品などの製造業が集まり、れんこんやくわいも栽培されます。

特産品・名産

  • れんこん水郷の歴史を伝える代表的な農産物
  • くわい地域で栽培される農産物
  • 家電製品市を代表する工業製品

見どころ・祭り

  • 三島神社の薫蓋樟国の天然記念物の大きなくすのき
  • 伝茨田堤治水の歴史を伝える府指定史跡
  • 砂子水路桜並木のある水路
  • パナソニックミュージアムものづくりの歴史を伝える施設

木くすのき花さつき門真市の木・花

門真市のなりたち

門真市(かどまし)は、大阪府北河内地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。大和田村・四宮村・二島村・門真村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の門真市になりました。

今の名前「門真市」は、1920年にあった門真村の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の門真村が約4km²だったのに対し、今の門真市は約12km²と、およそ2.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は北河内郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、北河内郡は1971年(昭和46年)11月3日に廃止されました。

41920年の町村の数
1回合併・編入の回数
12km²今の面積
1956年いちばん新しい合併

「門真市」という名前

市名は、旧自治体の門真村・門真町から受け継がれたものです。門真村は1939年に町制を施行して門真町となりました。1956年には周辺の大和田村・四宮村・二島村を編入し、1963年の市制施行で門真市となりました。中世には大和田庄や馬伏庄、岸和田庄などの名も使われてきました。「門真」という地名そのものの詳しい由来は、はっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月の町村制により、今の市域には茨田郡門真村・大和田村・四宮村・二島村が成立しました。1896年には茨田郡・交野郡・讃良郡がまとまり、北河内郡となりました。低く平坦な土地には農地と水路が広がり、農作業や荷物の運搬には舟が使われました。大正時代には加賀や備中から導入された蓮を育てるようになり、河内蓮根の産地として知られました。1910年に京阪電車が開通し、道路の整備と工場の立地が進むと、農村の姿が変わり始めました。1933年には松下電器製作所が門真に本社と工場を置き、関連する工場も増えていきました。1939年(昭和14年)4月1日に門真村が町制を施行して門真町となりました。1956年(昭和31年)9月30日には大和田村・四宮村・二島村を編入しました。人口が増加するなか、1963年(昭和38年)8月1日に市制を施行し、門真市が発足しました。高度経済成長期には住宅地が急速に広がり、農業のまちから住宅と工業のまちへと変わりました。今もれんこんやくわいが作られ、伝茨田堤や水路の跡には、水とともに暮らしてきた地域の歴史が残っています。

年表

  1. 1889年4月明治22年町村制の施行により、茨田郡に門真村・大和田村・四宮村・二島村が成立した。種類:町村制 出典:www.city.kadoma.osaka.jp
  2. 1896年4月1日明治29年茨田郡・交野郡・讃良郡の区域に北河内郡が発足し、各町村が同郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1939年4月1日昭和14年北河内郡門真村が町制を施行し、門真町となった。種類:町制施行 出典:www.city.kadoma.osaka.jp
  4. 1956年9月30日昭和31年北河内郡大和田村・四宮村・二島村が門真町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.osaka.lg.jp
  5. 1963年8月1日昭和38年北河内郡門真町が市制を施行し、門真市となった。種類:市制施行 出典:www.masse.or.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

門真村→門真町→門真市1889〜今
大和田村1889〜1956
四宮村1889〜1956
二島村1889〜1956

参考にした資料