今の岸和田市
大阪府南部の泉州にあり、大阪湾の海岸から和泉山脈まで広がる市です。中心部は岸和田城の城下町として発達し、今も城やだんじり祭がまちの顔となっています。海沿いには漁港や工業地帯、内陸には住宅地や田畑が続きます。丘陵地ではみかんや桃などが栽培され、久米田池をはじめとするため池も残ります。南海本線やJR阪和線が大阪方面を結んでいます。
今の岸和田市の区域の人口は、2020年の国勢調査で190,658人です。今の区域で数えた1980年の180,317人とくらべると5.7%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.5%です。
主な産業:繊維・金属・機械・木材などの工業に加え、野菜や果樹の栽培、漁業が営まれます。
特産品・名産
- 桐タンス泉州の家具づくりを受け継ぐ品
- 水なす泉州を代表する野菜の一つ
- むらさめ岸和田に伝わる和菓子
見どころ・祭り
- 岸和田城城下町の中心に建ち、庭園は国の名勝
- 岸和田だんじり祭城下町に受け継がれる地車の祭り
- 久米田寺行基が開いたと伝わる寺院
木クスノキ花バラ岸和田市の木・花
岸和田市のなりたち
岸和田市(きしわだし)は、大阪府泉南地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。北掃守村・山直下村・山直上村・八木村・土生郷村・有真香村・東葛城村・南掃守村・山滝村・岸和田町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の岸和田市になりました。
今の名前「岸和田市」は、1920年にあった岸和田町の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の岸和田町が約6km²だったのに対し、今の岸和田市は約71km²と、およそ12.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は泉北郡・泉南郡に属していました。
「岸和田市」という名前
「岸和田」は、「岸」と呼ばれていた土地と、そこに城を築いた和田氏の名が結び付いた地名と伝わります。南北朝時代の1334年、楠木正成の一族とされる和田氏が当地を拠点とし、「岸の和田氏」と呼ばれたことが起こりといわれます。のちに城下町の名となり、近代の岸和田町、1922年の市制施行後の岸和田市へと受け継がれています。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、城下の南郡岸和田町のほか、岸和田浜町・岸和田村・沼野村、春木方面の北掃守村、内陸の八木村・南掃守村などが発足しました。山間部には和泉郡山滝村も置かれています。1896年には南郡と日根郡が泉南郡に、和泉郡と大鳥郡が泉北郡にまとまりました。
1912年(明治45年)1月1日、岸和田町・岸和田浜町・岸和田村・沼野村が合併し、岸和田町となりました。1922年(大正11年)11月1日に市制を施行しています。一方、北掃守村は1928年に春木町となり、1935年には山直上村と山直下村が合併して山直町が発足しました。1937年には春木町と八木村が合併しています。
岸和田市は1938年に土生郷村を、1940年に有真香村・東葛城村を編入しました。1942年(昭和17年)4月1日には岸和田市・春木町・山直町・南掃守村が新設合併し、改めて岸和田市が生まれました。1948年(昭和23年)4月1日には山滝村を編入し、海から和泉山脈へ続く市域となります。城下町を中心に発達した織物工業に加え、臨海部では木材や鉄工の工場が集まるまちへと変わってきました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南郡に岸和田町・岸和田浜町・岸和田村・沼野村・北掃守村・八木村・南掃守村・山直上村・山直下村・土生郷村・有真香村・東葛城村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、和泉郡に山滝村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年南郡と日根郡の区域で泉南郡が発足し、岸和田町・岸和田浜町・岸和田村・沼野村・北掃守村・八木村・南掃守村・山直上村・山直下村・土生郷村・有真香村・東葛城村が泉南郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年大鳥郡と和泉郡の区域で泉北郡が発足し、山滝村が泉北郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1912年1月1日明治45年泉南郡岸和田町・岸和田浜町・岸和田村・沼野村が合併し、岸和田町となった。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1922年11月1日大正11年泉南郡岸和田町が市制を施行し、岸和田市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1928年4月1日昭和3年泉南郡北掃守村が町制を施行するとともに改称し、春木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1935年7月1日昭和10年泉南郡山直上村・山直下村が合併し、山直町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1937年2月21日昭和12年泉南郡春木町・八木村が合併し、春木町となった。種類:その他 出典:Wikipedia
- 1938年3月3日昭和13年泉南郡土生郷村が岸和田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1940年6月1日昭和15年泉南郡有真香村・東葛城村が岸和田市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1942年4月1日昭和17年岸和田市と泉南郡春木町・山直町・南掃守村が新設合併し、改めて岸和田市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.kishiwada.lg.jp
- 1948年4月1日昭和23年泉北郡山滝村が岸和田市に編入された。種類:編入 出典:www.masse.or.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.kishiwada.lg.jp/uploaded/attachment/107435.pdf
- www.city.kishiwada.lg.jp/site/sigaiyou/profile.html
- www.city.kishiwada.lg.jp/site/toshokan/hakken-taisho.html
- www.city.kishiwada.lg.jp/kinenshi/m100th_p68-71.html
- www.masse.or.jp/material/files/group/3/R7sityousonhando.pdf
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B3%89%E5%8D%97%E9%83%A1&action=raw
- ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B3%89%E5%8C%97%E9%83%A1&action=raw