今の新見市
岡山県の北西部にあり、高梁川の上流に開けた新見盆地に中心があります。面積の大半を山地が占め、高梁川の支流が深い谷をつくっています。石灰岩の台地には、井倉洞や満奇洞などの鍾乳洞が点在します。伯備線の新見駅は、岡山や米子、広島方面への乗り換え地です。農業と畜産が盛んで、千屋牛、ピオーネ、カルストだいこんが知られます。
今の新見市の区域の人口は、2020年の国勢調査で28,079人です。今の区域で数えた1980年の44,882人とくらべると37.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.6%です。
主な産業:鉱工業、農業、畜産業、観光業が主な産業です。ピオーネと千屋牛が知られます。
特産品・名産
- 千屋牛新見で肉牛として飼育される和牛
- ピオーネ市内で栽培されるブドウ
- カルストだいこん南部のカルスト台地で作る春ダイコン
見どころ・祭り
- 井倉峡高梁川支流が削ったV字谷。洞もある
- 満奇洞阿哲台の鍾乳洞。県指定天然記念物
- 羅生門鍾乳洞の天井が崩れた天然のアーチ。国の天然記念物
- 龍頭峡アテツマンサクで知られる渓谷
- 新見御殿町新見藩主関氏の陣屋周辺の町並み
木ヒノキ花ツツジ鳥ウグイス新見市の木・花・鳥
新見市のなりたち
新見市(にいみし)は、岡山県備中の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。菅生村・上市村・熊谷村・豊永村・美穀村・草間村・石蟹郷村・上刑部村・刑部村・丹治部村・本郷村・新砥村・万歳村・矢神村・野馳村・新郷村・神代村・千屋村・新見町です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の新見市になりました。
今の名前「新見市」は、1920年にあった新見町の名前を受け継いでいます。ほかの18の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の新見町が約21km²だったのに対し、今の新見市は約783km²と、およそ36.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は阿哲郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、阿哲郡は2005年(平成17年)3月31日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧刑部村の区域には刑部駅(姫新線)があります。旧丹治部村の区域には丹治部駅(姫新線)があります。旧矢神村の区域には矢神駅(芸備線)があります。旧野馳村の区域には野馳駅(芸備線)があります。旧新郷村の区域には新郷駅(伯備線)があります。
「新見市」という名前
「新見」の名は、古代に備中国へ置かれた新見郷(新美郷)にさかのぼります。鎌倉時代の中ごろ、備中北部の豪族の新見氏が地頭となり、井村の小谷に城を構えて館としました。これが新見の語源とも言われますが、はっきりしていません。平安時代には新見荘が置かれ、のちに京都の東寺の所領になりました。
まちの成り立ち
新見は、古代に備中国の新見郷として知られました。奈良時代には、高梁川を境に東が阿賀郡、西が哲多郡に分かれ、明治まで続きました。江戸時代の1697年(元禄10年)に、関氏が新見藩を立てています。1889年(明治22年)の町村制のころは、新見町や千屋村、菅生村、上市村などが並んでいました。1946年に上市村が町制を施行して上市町になりました。1954年(昭和29年)6月1日、阿哲郡の新見町・上市町・石蟹郷村・草間村・熊谷村・菅生村・豊永村・美穀村が新設合併し、市制を施行して新見市が発足しました。1955年(昭和30年)5月1日には千屋村を編入しています。同じ年に、刑部町・丹治部村・上刑部村が大佐町に、矢神村・野馳村が哲西町に、本郷村・新砥村・万歳村が哲多町に、新郷村・神代村が神郷町になりました。2005年(平成17年)3月31日、新見市・大佐町・神郷町・哲多町・哲西町の1市4町が新設合併して新たな新見市が発足し、阿哲郡はなくなりました。2002年には、旧新見市の市長選挙と市議会議員選挙で、日本で初めての電子投票が行われています。
年表
- 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、阿賀郡に新見町・千屋村・菅生村など、哲多郡に上市村・新郷村・本郷村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1900年4月1日明治33年郡制の施行で哲多郡と阿賀郡の一部をもって阿哲郡が発足し、のちの市域の1町18村がすべて阿哲郡の所属となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1927年10月1日昭和2年阿哲郡の刑部村が町制を施行し、刑部町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1946年2月11日昭和21年阿哲郡の上市村が町制を施行し、上市町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年6月1日昭和29年阿哲郡の新見町・上市町・美穀村・石蟹郷村・草間村・豊永村・熊谷村・菅生村が合併し、市制を施行して新見市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年阿哲郡の刑部町・丹治部村・上刑部村が合併し、大佐町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年阿哲郡の新砥村・万歳村・本郷村が合併して哲多町が、矢神村・野馳村が合併して哲西町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年5月1日昭和30年阿哲郡千屋村が新見市に編入され、同じ日に新郷村・神代村が合併して神郷町が発足した。種類:編入 出典:Wikipedia
- 2005年3月31日平成17年新見市と阿哲郡の大佐町・神郷町・哲多町・哲西町が合併し、改めて新見市が発足した。阿哲郡はなくなった。種類:新設合併 出典:www.pref.okayama.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。