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新庄村しんじようそん

新庄村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の新庄村

岡山県北西部の中国山地にある村で、鳥取県と接しています。面積の大半は山林で、村の中心は新庄川の流れる盆地にあります。江戸時代は出雲街道の宿場町で、今も旧街道沿いに宿場の面影が残ります。春には街道沿いのがいせん桜が咲き、南の鳥取県境には毛無山がそびえます。林業と農業が主な産業で、特産のもち米で作る餅は村の名物です。

今の新庄村の区域の人口は、2020年の国勢調査で813人です。今の区域で数えた1980年の1,357人とくらべると40.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.6%です。

813人人口(2020年)
−40.1%1980年からの増減
67.11km²面積(国土地理院)
12人/km²人口密度
42.6%65歳以上の割合
1,3571980199020052020
15歳未満 12.2%15〜64歳 45.3%65歳以上 42.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林業と農業が主な産業です。ヒメノモチというもち米を村全域で栽培しています。

特産品・名産

  • ひめのもち1983年に生産が始まった村特産のもち米と餅

見どころ・祭り

  • がいせん桜1906年に植えられた宿場通りの桜並木
  • 新庄宿出雲街道の旧宿場町
  • 毛無山鳥取県境の山。中国百名山の一つ

木スギ花サクラ新庄村の木・花

新庄村のなりたち

新庄村(しんじようそん)は、岡山県美作の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに新庄村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は真庭郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
67km²今の面積

「新庄村」という名前

「新庄」という村名の由来は、はっきりしていません。1872年(明治5年)に自然村として新庄村が成立し、1889年(明治22年)6月1日の町村制施行でも、村名はそのまま使われました。村は出雲街道の本陣と宿場町として栄えた所で、旧街道沿いの町並みは新庄宿と呼ばれています。町村制のあとも他の町村と合わさったことがなく、村名は変わっていません。

まちの成り立ち

新庄村は、1872年(明治5年)8月17日に自然村として成立しました。1878年(明治11年)に郡区町村編制法が岡山県で施行され、真島郡に属します。1889年(明治22年)6月1日の町村制施行で、新庄村が単独で自治体になりました。自然村が一つで自治体になったため、大字は置かれていません。1900年(明治33年)4月1日には郡制の施行で真島郡と大庭郡が合わさって真庭郡となり、村は真庭郡に属しています。村は出雲街道の本陣と宿場町として栄えました。1906年には日露戦争の戦勝を記念して、旧街道の宿場の両側に桜が植えられ、今は「がいせん桜」と呼ばれています。平成の大合併では、真庭郡の他の町村が2005年(平成17年)3月31日に合わさって真庭市になりました。新庄村は合併に加わらず、単独で続けることを選びました。町村制の施行から今まで、合併や編入は一度も行われていません。村役場は1969年(昭和44年)に移転新築された旧庁舎を使ってきましたが、2023年(令和5年)4月3日に新庁舎で業務を始めました。

年表

  1. 1889年6月1日明治22年町村制の施行により、真島郡に新庄村が単独で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1900年4月1日明治33年郡制の施行で真島郡と大庭郡が合わさって真庭郡となり、新庄村は真庭郡の所属となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 2005年3月31日平成17年真庭郡の8町村と上房郡北房町が合併して真庭市が発足したが、新庄村は加わらず単独で残った。種類:その他 出典:www.pref.okayama.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

新庄村1889〜今

参考にした資料