remowanlab › 日本の鉄道史 › 鉄道の読み物

日本の線路がいちばん長かった年 ─ 75年の記録で見る廃線

日本の鉄道史・読み物 更新:2026-10-25

日本の線路は、いつがいちばん長かったのでしょうか。国の路線データには、1950年から2025年まで毎年の線路の形が残っています。これを1年ずつ足し上げると、全国の線路の長さは1960年の約27,801kmがいちばん長く、2025年には約24,258kmになっていました。ただ、減り方は一様ではありません。国鉄・JRとそれ以外に分けると、線路が消えた時期には、はっきりした三つの波があります。

全国の線路の長さ、75年の移り変わり

下のグラフは、毎年の線路の長さを、国鉄・JRとそれ以外(私鉄・公営・第三セクターなど)に分けて積み上げたものです。全体がいちばん長かったのは1960年で、その後は少しずつ減っていきます。

051015202530千km19501960197019801990200020102020全体の最大 1960年 27,801km国鉄の最大 1981年 20,874km

■ 国鉄・JR■ それ以外(私鉄・公営・第三セクターなど)

国土数値情報の年ごとの記録にある線路の長さ(地図上の線の長さ)を、毎年足し上げたもの。複線も1本と数え、同じ場所を2つの会社の線が通るときは別々に数えます。

おもしろいのは、二つの色の山の時期がずれていることです。国鉄・JRの線路は1960年代も1970年代も伸び続け、1981年の約20,874kmが最大でした。そのあいだに減っていたのは、私鉄や公営の線路のほうです。こちらは1950年の約8,161kmから、1980年には約5,350kmまで減りました。

1980年代に入ると、今度は国鉄の線路が大きく減ります。一方、私鉄などの線路は増えに転じ、2025年には約7,991kmと、1950年とほぼ同じ長さに戻りました。新しい線ができたこともありますが、いちばん大きな理由は、国鉄・JRの線が第三セクターの会社に引き継がれ、「それ以外」の側に移ったことです。

廃止された線路は、10年ごとにどれだけあったか

次に、前の年にはあって次の年には消えた線路を数えました。1951年から2024年までに、全国で約7,662kmの線路が姿を消しています。10年ごとに分けると、消えた時期と消えた会社の種類が、はっきり分かれます。

1951〜59年約675km1960年代約1,781km1970年代約1,475km1980年代約2,113km1990年代約330km2000年代約628km2010年代約283km2020年代約376km

■ 国鉄・JR■ それ以外

年ごとの記録で、前の年にあって次の年に消えた線路の長さを10年ごとに足したもの。改名や線路の付け替え、他社への移管は除いています。

第一の波:1960年代、地方私鉄と軽便鉄道

最初の波は1960年代です。この10年で、国鉄・JR以外の線路が約1,701km消えました。廃止の記録は248件にのぼり、75年のうちで最も多い10年です。

消えたのは、明治・大正に地元の資本で造られた小さな私鉄や、線路の幅の狭い軽便鉄道、町の中を走る路面電車でした。道路が整い、バスやトラック、自家用車が広まると、短い距離を結ぶ鉄道は客と荷物を奪われていきます。北海道や九州では、石炭を運んでいた鉄道が炭鉱の閉山とともに消えました。滋賀県の江若鉄道(1969年)、北海道の雄別鉄道(1970年)、長野・群馬県境の草軽電気鉄道(1960〜62年)、静岡県の静岡鉄道駿遠線(1967〜70年)などが、この時期に廃止されています。

大都市の路面電車もこの波に入ります。東京の都電は1967年から大きく廃止が進み、大阪市電は1969年、名古屋市電は1974年に全廃されました。くわしくは路面電車の盛衰の地図で見られます。

第二の波:1980年代、国鉄の特定地方交通線

二つめの波は1980年代で、今度は国鉄の線路です。この10年で消えた国鉄・JRの線路は約1,838kmで、それ以外の約275kmを大きく上回ります。

きっかけは、1980年に成立した国鉄再建法でした。赤字が膨らんだ国鉄を立て直すため、利用の少ない地方の路線を「特定地方交通線」に選び、バスに替えるか、地元の第三セクターなどに引き継ぐことになりました。選ばれたのは83の線区、あわせて約3,160kmです。1983年の北海道の白糠線を皮切りに、1990年までに転換が進みました。

長さで並べると、上位はほとんど北海道の路線です。天北線、名寄本線、羽幌線、標津線は、いずれも100kmを超える長い線でした。広い土地に町が点々とある北海道では、1本の路線が長いぶん、廃止で消える線路も長くなります。一方、引き継ぐ会社が見つかった線の多くは、第三セクターの鉄道として今も走っています(別の記事「国鉄・JRから離れた線路」にまとめました)。

第三の波:2000年代からの第三セクターと、JRの赤字線

2000年代は、また国鉄・JR以外の線路が多く消えた10年です(約580km)。1980年代に国鉄から引き継がれた第三セクターの中から、乗る人が減って続けられなくなるところが出てきました。北海道ちほく高原鉄道(ふるさと銀河線、2006年)、のと鉄道能登線(2005年)、台風の被害を受けた高千穂鉄道(2007〜08年)が廃止されています。茨城県の鹿島鉄道(2007年)や、長崎県の島原鉄道の南の区間(2008年)のように、古くからの地方私鉄も消えました。

2010年代からは、ふたたびJRの線が中心になります。2010年代と2020年代を合わせて、JRの線路が約225km+約367km消えました。きっかけの多くは災害です。2011年の東日本大震災で被災した気仙沼線と大船渡線の一部は、線路の跡をバス専用の道(BRT)に作りかえ、2020年に鉄道としては廃止されました。高波の被害で止まった日高線の鵡川〜様似(2021年)、台風の被害で止まった根室線の富良野〜新得(2024年)も、そのまま戻りませんでした。島根・広島県の三江線(2018年)、北海道の札沼線の北の区間(2020年)、留萌線の石狩沼田〜留萌(2023年)は、利用の少なさから廃止されています。

長さで見た「消えた路線」上位20

1951年から2024年までに廃止された線路を、1回の廃止で消えた長さの順に並べました。路線クロニクルのページがあるものは、路線名から開業から廃止までの歩みを見られます。

記録の年路線会社地図上の長さ
1989年天北線JR北海道148.5km
1989年名寄本線JR北海道142.2km
1987年羽幌線国鉄140.4km
2006年ふるさと銀河線北海道ちほく高原鉄道139.5km
1995年深名線JR北海道121.4km
1989年標津線JR北海道116.6km
2021年日高線JR北海道111.6km
2018年三江線JR西日本108.0km
1987年大隅線国鉄98.2km
1987年湧網線国鉄89.8km
1987年広尾線国鉄83.6km
1986年胆振線国鉄82.8km
1986年富内線国鉄82.3km
1987年士幌線国鉄78.1km
1987年宮之城線国鉄66.1km
2024年根室線JR北海道66.0km
2005年能登線のと鉄道60.8km
1988年山野線JR九州55.4km
2020年気仙沼線JR東日本54.3km
2020年札沼線JR北海道53.4km

「記録の年」は、国土数値情報の年ごとの記録で、はじめて線路が消えていた年です。実際の廃止日とは1年ずれることがあります。長さは地図の上の線の長さで、営業キロとは少しずれます。

この記事の数字について

あわせて見る

出典・参考