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国鉄・JRから離れた線路 ─ 第三セクター転換の二つの波

日本の鉄道史・読み物 更新:2026-10-25

国鉄・JRの線路が、別の会社の線路になる。1984年の三陸鉄道に始まり、2024年の北陸新幹線の敦賀開業まで、こうした「移管」は路線データの上で52回あります。並べてみると、移管には時期も理由もちがう二つの波がありました。1980年代の、廃止されそうな赤字線を地元が引き受けた波。そして1997年からの、新幹線の開業とひきかえにJRから切り離された「並行在来線」の波です。

国鉄・JRの線路と、それ以外の線路

まず、全国の線路の長さを国鉄・JRとそれ以外に分けたグラフを見てください。国鉄・JRの線路は1981年の約20,874kmが最大で、2025年には約16,267kmです。反対に、それ以外の線路は1980年の約5,350kmを底に増え、2025年には約7,991kmになりました。

051015202530千km19501960197019801990200020102020全体の最大 1960年 27,801km国鉄の最大 1981年 20,874km

■ 国鉄・JR■ それ以外(私鉄・公営・第三セクターなど)

国土数値情報の年ごとの記録にある線路の長さ(地図上の線の長さ)を、毎年足し上げたもの。複線も1本と数え、同じ場所を2つの会社の線が通るときは別々に数えます。

国鉄・JRの線路が減った分の多くは、なくなったのではなく、持ち主が変わっただけです。この記事では、そうした線路の移り変わりを追います。

第一の波(1984〜1991年):消えるはずだった線を地元が引き取る

1980年の国鉄再建法で、利用の少ない国鉄の路線が「特定地方交通線」に選ばれ、バスに替えるか、別の会社に引き継ぐことになりました(くわしくは別の記事「日本の線路がいちばん長かった年」)。鉄道を残したい地域は、県や市町村がお金を出す第三セクターの会社を作り、線路と駅をそのまま引き継ぎました。

最初は1984年4月の三陸鉄道です。国鉄の久慈線・宮古線・盛線に、建設が止まっていた区間を加えて、北リアス線・南リアス線として開業しました。国鉄の特定地方交通線を引き継いだ第三セクター鉄道として、最初の例です。そこから1991年までに、路線データの上で37の移管があり、引き継いだ線路はあわせて約1,324kmになります。

いちばん長かったのは、北海道の池北線を引き継いだ北海道ちほく高原鉄道(ふるさと銀河線、1989年)でした。ほかにも、長崎・佐賀県の松浦鉄道(1988年)、京都府北部の北近畿タンゴ鉄道(1990年)、岐阜県の長良川鉄道(1986年)、静岡県の天竜浜名湖鉄道(1987年)のように、地方の長い線が引き継がれています。

ただ、引き継いだあとも利用は減り続けました。ふるさと銀河線は2006年に、のと鉄道能登線は2005年に、高千穂鉄道は台風の被害のあと2007〜08年に廃止されています。三木鉄道(2008年)、神岡鉄道(2006年)も、今は走っていません。残った会社も、多くは国や県の支えを受けながら走り続けています。

第二の波(1997〜2024年):新幹線とひきかえの並行在来線

二つめの波は、性格がまったくちがいます。整備新幹線が開業すると、新幹線と並んで走る在来線(並行在来線)は、JRの経営から切り離すことが決まりました。新幹線と在来線の両方をJRが持つと赤字が重くなる、というのが理由です。切り離された線は、沿線の県が中心となる第三セクターが引き継ぎました。

最初は1997年10月の長野新幹線(今の北陸新幹線の高崎〜長野)の開業で、信越線の軽井沢〜篠ノ井がしなの鉄道になりました。その後、東北新幹線の盛岡〜八戸(2002年)でIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道、九州新幹線(2004年)で肥薩おれんじ鉄道、八戸〜新青森(2010年)で青い森鉄道の延長、北陸新幹線の金沢開業(2015年)であいの風とやま鉄道・えちごトキめき鉄道・IRいしかわ鉄道、北海道新幹線(2016年)で道南いさりび鉄道、敦賀開業(2024年)でハピラインふくいとIRいしかわ鉄道の延長が生まれています。

路線データでは、この波の移管は15回、あわせて約935kmです。回数は第一の波より少ないのですが、引き継がれたのは東北線・北陸線・鹿児島線といった幹線で、1回あたりの長さが長いのが特徴です。特急がなくなったあとも、通勤・通学の列車や、北海道と本州を結ぶ貨物列車が走り続けています。

どちらの波にも入らない移管

二つの波のほかに、性格のちがう移管が2つあります。2006年には、JR西日本の富山港線が富山ライトレールに引き継がれました。線路の一部を道路の上に移し、低い床の路面電車が走る、日本で最初の本格的なLRT(次世代型の路面電車)として生まれ変わっています(2020年に富山地方鉄道と合併)。

2019年には、東日本大震災で被災したJR山田線の宮古〜釜石を、JR東日本が復旧したうえで三陸鉄道に引き渡しました。三陸鉄道は北リアス線・南リアス線とつながり、久慈から盛までを1本のリアス線として走らせています。

国鉄・JRから他社へ移った路線の一覧

路線データの年ごとの記録から、国鉄・JRの線路が他社の線路に変わったものをすべて並べました。路線名は、移管される前の国鉄・JRでの名前です。

記録の年国鉄・JRの路線引き継いだ会社地図上の長さ
第一の波:特定地方交通線などの転換(1984〜1991年)
1984年久慈線三陸鉄道25.9km
1984年樽見線樽見鉄道23.7km
1984年盛線三陸鉄道21.4km
1984年神岡線神岡鉄道19.9km
1984年宮古線三陸鉄道12.8km
1985年明知線明知鉄道25.1km
1985年北条線北条鉄道13.8km
1985年三木線三木鉄道6.6km
1986年越美南線長良川鉄道71.9km
1986年阿仁合線秋田内陸縦貫鉄道46.0km
1986年矢島線由利高原鉄道23.0km
1986年角館線秋田内陸縦貫鉄道19.1km
1986年高森線南阿蘇鉄道17.8km
1986年丸森線阿武隈急行17.4km
1986年甘木線甘木鉄道13.7km
1987年二俣線天竜浜名湖鉄道67.7km
1987年会津線会津鉄道57.1km
1987年岩日線錦川鉄道32.6km
1987年伊勢線伊勢鉄道24.6km
1987年若桜線若桜鉄道19.1km
1987年信楽線信楽高原鐵道14.7km
1988年松浦線松浦鉄道93.7km
1988年能登線のと鉄道60.8km
1988年中村線土佐くろしお鉄道43.0km
1988年真岡線真岡鐵道38.0km
1988年長井線山形鉄道30.5km
1988年木原線いすみ鉄道26.9km
1988年岡多線愛知環状鉄道19.5km
1989年池北線北海道ちほく高原鉄道139.5km
1989年高千穂線高千穂鉄道50.0km
1989年足尾線わたらせ渓谷鐵道44.0km
1989年田川線平成筑豊鉄道26.2km
1989年湯前線くま川鉄道24.8km
1989年伊田線平成筑豊鉄道16.1km
1989年糸田線平成筑豊鉄道6.9km
1990年宮津線北近畿タンゴ鉄道83.6km
1991年七尾線のと鉄道46.1km
第二の波:整備新幹線の並行在来線(1997〜2024年)
1997年信越線しなの鉄道64.8km
2002年東北線アイジーアールいわて銀河鉄道110.6km
2002年東北線青い森鉄道36.9km
2004年鹿児島線肥薩おれんじ鉄道118.8km
2010年東北線青い森鉄道96.0km
2015年北陸線あいの風とやま鉄道88.3km
2015年北陸線えちごトキめき鉄道70.6km
2015年信越線しなの鉄道54.7km
2015年信越線えちごトキめき鉄道44.1km
2015年北陸線IRいしかわ鉄道17.7km
2016年江差線道南いさりび鉄道37.8km
2024年北陸線ハピラインふくい88.2km
2024年北陸線IRいしかわ鉄道46.4km
そのほかの移管
2006年富山港線富山ライトレール7.9km
2019年山田線三陸鉄道52.1km

「記録の年」は、国土数値情報の年ごとの記録で、はじめて新しい会社の線になっていた年です。実際の転換日とは1年ずれることがあります(たとえば由利高原鉄道は1985年10月の開業)。長さは地図の上の線の長さで、営業キロとは少しずれます。同じ年に2つの会社に分かれたものは、会社ごとに1行にしています。

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出典・参考