路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

信越本線1885年開業

高崎〜新潟 JR東日本

信越本線は、群馬県の高崎から長野県の長野を経て、新潟県の新潟までを結ぶ路線である。碓氷峠を越える難所として知られ、一部は第三セクターの鉄道に移された。新幹線の開業で姿を変え、いまは三つの区間に分かれて使われている。

いまの長さ
174 km
駅の数
55駅
開業
1885年
運営
JR東日本

この路線のなりたち

信越本線は、明治時代の中ごろに、高崎と直江津、長野の方面へと建設された。1885年に高崎から横川までが開業し、その後、碓氷峠をはさんだ区間が整えられ、東京と日本海側の直江津とが結ばれた。さらに新潟側の路線ものびて、日本海側の幹線となった。

信越本線の名前は、信濃(長野)と越後(新潟)を結ぶ線という意味である。東京や関東地方と、日本海側の新潟、さらには北陸地方とを結ぶ重要な路線として使われた。

路線の歩み

「▶ この章を見る」で、上のプレイヤーがその時代を再生します。

11885〜1886年

開業

1885年から1886年にかけて、信越本線の約189kmの線路が開業した。高崎・磯部・安中・横川・松井田などの駅が、このころ開業している。

21897年

延伸

1897年、約136kmの線路が開業した。新津・矢代田・北条・加茂・東三条などの駅が、このころ開業している。

31904年

延伸

1904年、約2kmの線路が開業した。新潟の駅が、このころ開業している。

41949年

国鉄の路線に

1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。

51958年

延伸

1958年、約2kmの線路が開業した。三才の駅が、このころ開業している。

61958年

一部の区間が廃止

1958年、約2kmの区間が廃止された。沼垂の駅もなくなった。

71987年

JRへ

1987年4月、国鉄の分割民営化で、この路線はJR東日本の路線となった。

81997年

一部が第三セクターへ

1997年、信越本線の一部の区間が、第三セクターのしなの鉄道に移された。

91997年

一部の区間が廃止

1997年、約9kmの区間が廃止された。軽井沢・平原・御代田・信濃追分・田中などの駅もなくなった。

102015年

一部が第三セクターへ

2015年、信越本線の一部の区間が、第三セクターのしなの鉄道に移された。2015年、信越本線の一部の区間が、第三セクターのえちごトキめき鉄道に移された。

112015年

一部の区間が廃止

2015年、約9kmの区間が廃止された。脇野田・南高田・高田・春日山・北新井などの駅もなくなった。

12いま

いま

いまはJR東日本の路線として、地図データの上で約174km、55駅がある。

この路線の見どころ

碓氷峠

横川と軽井沢のあいだの碓氷峠は、日本でも指折りの急勾配の区間であった。歯車を使うアプト式の線路が使われた時期があり、のちには補助の機関車を連結して峠を越えた。

峠の釜めしとめがね橋

横川の駅弁「峠の釜めし」は有名である。また、碓氷峠には、れんが造りの「めがね橋」と呼ばれる橋が残っており、観光地になっている。

日本海沿いの景色

直江津から新潟へ向かう区間では、柏崎のあたりなどで日本海の景色を楽しめる。青海川駅は海に近い駅として知られる。

長野と軽井沢

軽井沢は避暑地として、長野は善光寺の門前町として知られる。信越本線は、こうした観光地を結ぶ役割も果たしてきた。

いまの姿

1997年に北陸新幹線(長野新幹線)が高崎から長野までのあいだで開業すると、横川から軽井沢までの区間は廃止された。軽井沢から篠ノ井までの区間は、第三セクターのしなの鉄道に移された。

さらに2015年に北陸新幹線が金沢まで延びると、長野から妙高高原までがしなの鉄道、妙高高原から直江津まではえちごトキめき鉄道に移された。いまのJR東日本の信越本線は、高崎〜横川、篠ノ井〜長野、直江津〜新潟といった区間に分かれている。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1885年ごろ29.8 km
1886年ごろ159.4 km
1897年ごろ135.9 km
1904年ごろ1.9 km
1958年2.4 km

駅の一覧(94駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
高崎1885年
北高崎1885年
群馬八幡1924年
安中1885年
磯部1885年
松井田1885年
西松井田1965年
横川1885年
熊ノ平1906年1966年ごろ廃止
軽井沢1888年1997年に東日本旅客鉄道へ
沓掛1910年1956年に三重交通へ
中軽井沢1910年1997年にしなの鉄道へ
信濃追分1923年1997年にしなの鉄道へ
御代田1888年1997年にしなの鉄道へ
平原1952年1997年にしなの鉄道へ
小諸1888年1997年にしなの鉄道へ
滋野1923年1997年にしなの鉄道へ
田中1888年1997年にしなの鉄道へ
大屋1896年1997年にしなの鉄道へ
上田1888年1997年に東日本旅客鉄道へ
北塩尻1920年1956年ごろ廃止
西上田1920年1997年にしなの鉄道へ
坂城1888年1997年にしなの鉄道へ
戸倉1912年1997年にしなの鉄道へ
屋代1888年1997年にしなの鉄道へ
今井1997年
篠ノ井1888年
川中島1917年
安茂里1985年
長野1888年
北長野1898年2015年にしなの鉄道へ
吉田1898年1957年に歌登町営軌道へ
三才1958年2015年にしなの鉄道へ
豊野1888年2015年に東日本旅客鉄道へ
牟礼1888年2015年にしなの鉄道へ
古間1928年2015年にしなの鉄道へ
黒姫1888年2015年にしなの鉄道へ
柏原1888年1968年に東海旅客鉄道へ
妙高高原1888年2015年にしなの鉄道へ
田口1888年1969年ごろ廃止
関山1886年2015年にえちごトキめき鉄道へ
二本木1911年2015年にえちごトキめき鉄道へ
新井1886年2015年に西日本旅客鉄道へ
北新井1955年2015年にえちごトキめき鉄道へ
脇野田1921年2015年ごろ廃止
南高田1961年2015年にえちごトキめき鉄道へ
高田1886年2015年に横浜市へ
春日山1928年2015年にえちごトキめき鉄道へ
直江津1886年
黒井1906年
土底浜1960年
犀潟1897年
潟町1897年
上下浜1951年
柿崎1897年
米山1897年
鉢崎1897年1961年ごろ廃止
笠島1951年
青海川1899年
鯨波1903年
柏崎1897年
茨目1964年
安田1899年
北条1897年
越後広田1921年
長鳥1953年
塚山1898年
越後岩塚1945年
来迎寺1898年
宮内1898年
前川1964年
北長岡1915年
長岡1898年
城岡1915年1951年ごろ廃止
押切1901年
見附1898年
帯織1898年
東光寺1953年
三条1898年
東三条1897年
保内1949年
加茂1897年
羽生田1903年
田上1949年
矢代田1897年
古津1949年
新津1897年
さつき野1991年
荻川1926年
亀田1897年
越後石山1960年
沼垂1897年1958年ごろ廃止
笹口1964年1965年ごろ廃止
新潟1904年

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

知っておきたいこと

路線が分かれた

信越本線は、もともと一本の長い路線であったが、新幹線の開業にあわせて途中の区間が切り離されたため、いまは三つの部分に分かれている。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』

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