消えた鉄道について
1950年から今までに地図から消えた線路。国鉄の赤字線、炭鉱の鉄道、都市の路面電車、地方の私鉄。スライダーの年までに消えた線を、消えた年の色で描きます。
地図の下の年表をドラッグするか、▶で再生すると、路線網が年ごとに動きます。線をクリックすると、その路線の経歴(長さの移り変わりと、その後どうなったか)が「路線カルテ」に出ます。地図右上の⇆で2つの年を左右に並べて見比べられ、ヘッダーの検索窓からは駅名・路線名・会社名で探して、その場所・その年へ移れます。
主な出来事
- 1968年9月 「赤字83線」の提言
国鉄諮問委員会が、利用の少ない83線区を廃止してバスに替えるよう提言した。実際に廃止されたのは一部にとどまった。 - 1980年12月27日 国鉄再建法の公布(特定地方交通線)
輸送密度の少ない路線を選び、バスか第三セクターへの転換を進めることになった。 - 1983年10月23日 白糠線の廃止(特定地方交通線の第1号)
- 1990年4月1日 特定地方交通線の転換がほぼ終わる
83線区・約3,160kmのうち、45線区がバスに、38線区が第三セクターなどに転換された。 - 2000年3月1日 鉄道の廃止が「許可制」から「届出制」へ
鉄道事業法の改正で、事業者は1年前に届け出れば路線を廃止できるようになった。 - 2012年4月1日 長野電鉄屋代線の廃止
- 2016年12月5日 留萌本線 留萌〜増毛の廃止
- 2018年4月1日 三江線の廃止
消えた路線(長いもの)
- 1988年 土讃本線(四国旅客鉄道(旧国鉄)) 178.1km
- 1989年 天北線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 148.5km
- 1989年 名寄本線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 142.2km
- 1987年 羽幌線(日本国有鉄道) 140.4km
- 2006年 ふるさと銀河線(北海道ちほく高原鉄道) 139.5km
- 1995年 深名線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 121.4km
- 1989年 標津線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 116.6km
- 2021年 日高線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 111.6km
- 2018年 三江線(西日本旅客鉄道(旧国鉄)) 108.0km
- 1987年 大隅線(日本国有鉄道) 98.2km
- 2010年 東北線(東日本旅客鉄道(旧国鉄)) 96.0km
- 1987年 湧網線(日本国有鉄道) 89.8km
- 1971年 会津線(東日本旅客鉄道(旧国鉄)) 88.3km
- 1987年 広尾線(日本国有鉄道) 83.6km
- 1986年 胆振線(日本国有鉄道) 82.8km
- 1986年 富内線(日本国有鉄道) 82.3km
- 1987年 士幌線(日本国有鉄道) 78.1km
- 1962年 東北線(東日本旅客鉄道(旧国鉄)) 74.3km
- 1968年 室蘭線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 73.1km
- 1987年 宮之城線(日本国有鉄道) 66.1km
- 2024年 根室線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 66.0km
- 1961年 網走線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 60.8km
- 2005年 能登線(のと鉄道) 60.8km
- 1988年 山野線(九州旅客鉄道(旧国鉄)) 55.4km
- 2020年 気仙沼線(東日本旅客鉄道(旧国鉄)) 54.3km
- 2020年 札沼線(北海道旅客鉄道(旧国鉄)) 53.4km
- 1990年 奥羽線(東日本旅客鉄道(旧国鉄)) 52.0km
- 1969年 江若鉄道(江若鉄道) 50.9km
- 1970年 雄別鉄道(雄別鉄道) 50.3km
- 1975年 三江北線(西日本旅客鉄道(旧国鉄)) 50.1km
路線網と駅は、国土交通省「国土数値情報(鉄道時系列データ)」(1950年以降、年ごとの記録)を加工して作成しています。1950年より前の姿は、駅ごとの供用開始年から推定したもので、1950年より前に廃止された路線は含まれていません。廃止・会社の変化・改称は、翌年に同じ場所を通る記録があるかどうかで自動判定しています。