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松本市まつもとし

1920年には25の町村だった区域が、7回の合併・編入を経て、今の松本市になりました。

25町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の松本市

長野県中部、中信地方の中心となる市です。松本盆地に開け、梓川と奈良井川が流れます。国宝の松本城を中心とした城下町で、戦災を免れた古い建物が残っています。西には上高地や乗鞍など北アルプスの山岳地帯が広がり、東には美ヶ原の高原があります。音楽や山岳、学問に力を入れる都市として知られます。城下町の通りには、白黒のなまこ壁の土蔵が残ります。

今の松本市の区域の人口は、2020年の国勢調査で241,145人です。今の区域で数えた1980年の223,496人とくらべると7.9%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は28.3%です。

241,145人人口(2020年)
+7.9%1980年からの増減
978.47km²面積(国土地理院)
246人/km²人口密度
28.3%65歳以上の割合
243,4651980199020052020
15歳未満 12.8%15〜64歳 59.0%65歳以上 28.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:商業・サービス業、観光、工業、果樹・野菜などの農業

特産品・名産

  • 信州そば地域の食を代表するそば
  • 山賊焼鶏肉を使った松本地方の料理
  • 松本一本ねぎ市内で受けつがれてきたねぎ

見どころ・祭り

  • 松本城国宝の城で、城下町の中心
  • 上高地梓川上流の山岳景勝地
  • 旧開智学校戦災を免れた国宝の建物
  • 浅間温泉市の東にある温泉地
  • 美ヶ原東にある高原

木あかまつ花れんげつつじ松本市の木・花

松本市のなりたち

松本市(まつもとし)は、長野県中信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、25の町村がありました。松本村・島内村・島立村・中山村・岡田村・里山辺村・入山辺村・新村・和田村・笹賀村・芳川村・寿村・神林村・今井村・中川村・会田村・五常村・錦部村・梓村・倭村・本郷村・安曇村・奈川村・波多村・松本市です。これらの町村が、7回の合併や編入を経て、今の松本市になりました。

今の名前「松本市」は、1920年にあった松本市の名前を受け継いでいます。ほかの24の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は南安曇郡・東筑摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、南安曇郡は2005年(平成17年)10月1日に廃止されました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧島内村の区域には島内駅(大糸線)があります。

251920年の町村の数
7回合併・編入の回数
978km²今の面積
2010年いちばん新しい合併

「松本市」という名前

「松本」の由来には諸説があります。よく知られているのは、武田氏に追われた小笠原長時の三男の貞慶が、1582年(天正10年)に旧領を取り戻したとき、「待つ事久しくして本懐を遂ぐ」と語って名を改めたという話です。「待つ本懐」が縮まって「松本」になったとされます。それより前、この地は深志と呼ばれていました。深志の名は今も地区名や学校名に残っています。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、城下町は東筑摩郡松本町となり、周りには里山辺村・岡田村・島内村などの村が生まれました。松本町は1907年(明治40年)5月1日に市制を施行して松本市となり、1925年(大正14年)に松本村を編入しました。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)4月1日に中山村・島立村・島内村を、8月1日に岡田村・里山辺村・入山辺村・新村・和田村・笹賀村・芳川村・寿村・神林村・今井村の10村を編入しました。1960年代の初めには塩尻市の一部も加わり、1974年(昭和49年)には本郷村を編入しています。周りでは1955年(昭和30年)に四賀村と梓川村が生まれ、波田村は1973年(昭和48年)に町制を施行して波田町となりました。

平成の合併では、2005年(平成17年)4月1日に四賀村・安曇村・奈川村・梓川村を、2010年(平成22年)3月31日に波田町を編入しました。市域は上高地や乗鞍を含む北アルプスの山々まで広がりました。国宝の松本城を中心とする城下町が市の核で、今は中核市に指定されています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東筑摩郡に松本町・松本村・里山辺村・入山辺村・本郷村・岡田村・島内村・島立村・波多村・和田村・神林村・新村・今井村・笹賀村・寿村・中山村・芳川村・錦部村・会田村・五常村・中川村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南安曇郡に安曇村・梓村・倭村が、西筑摩郡に奈川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1907年5月1日明治40年松本町が市制を施行し、松本市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
  4. 1925年2月1日大正14年東筑摩郡松本村が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  5. 1933年2月16日昭和8年波多村が改称し、波田村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
  6. 1943年4月1日昭和18年中山村の一部(神田)が松本市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  7. 1948年6月1日昭和23年奈川村が西筑摩郡から南安曇郡に所属を変えた。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  8. 1954年4月1日昭和29年中山村・島立村・島内村が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  9. 1954年8月1日昭和29年笹賀村・今井村・神林村・和田村・新村・芳川村・寿村・里山辺村・入山辺村・岡田村が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  10. 1955年4月1日昭和30年東筑摩郡の錦部村・中川村・五常村・会田村が合併して四賀村が、南安曇郡の梓村と倭村が合併して梓川村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  11. 1960年4月1日昭和35年塩尻市の一部(北内田)が松本市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  12. 1961年4月1日昭和36年塩尻市の一部(南内田のうち欠の湯)が松本市に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  13. 1973年4月1日昭和48年波田村が町制を施行し、波田町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  14. 1974年5月1日昭和49年本郷村が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  15. 2005年4月1日平成17年東筑摩郡四賀村と南安曇郡の安曇村・奈川村・梓川村が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  16. 2010年3月31日平成22年東筑摩郡波田町が松本市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

松本市1907〜今
波多村→波田村→波田町1889〜2010
安曇村1889〜2005
奈川村1889〜2005
四賀村1955〜2005
中川村1889〜1955
会田村1889〜1955
五常村1889〜1955
錦部村1889〜1955
梓川村1955〜2005
梓村1889〜1955
倭村1889〜1955
本郷村1889〜1974
岡田村1889〜1954
里山辺村1889〜1954
入山辺村1889〜1954
新村1889〜1954
和田村1889〜1954
笹賀村1889〜1954
芳川村1889〜1954
寿村1889〜1954
神林村1889〜1954
今井村1889〜1954
島内村1889〜1954同じ名前の駅:島内駅
島立村1889〜1954
中山村1889〜1954
松本村1889〜1925同じ名前の駅:松本駅

参考にした資料