今の木祖村
長野県南西部の木曽郡にある村です。木曽川の最上流にあたり、周囲を2000メートル級の山に囲まれています。江戸時代には、中山道の宿場の藪原宿がありました。木曽五木と呼ばれる木を守る留山の制度が定められた土地で、水木沢には樹齢200年以上の原生林が広がります。冬には、やぶはら高原のスキー場が開かれます。
今の木祖村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,692人です。今の区域で数えた1980年の4,190人とくらべると35.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.4%です。
主な産業:木曽檜などの林業、観光、お六櫛
特産品・名産
- お六櫛藪原でつくられる櫛
- 木曽檜村の林業の産物として挙げられる
見どころ・祭り
- 中山道藪原宿中山道の35番目の宿場
- 水木沢天然林平成の名水百選の原生林
- 鳥居峠中山道の難所の峠
- やぶはら高原スキー場村のスキー場
- あやめ公園池ため池百選に選ばれた池
木祖村のなりたち
木祖村(きそむら)は、長野県中信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに木祖村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は木曽郡に属していました。
「木祖村」という名前
村の名は、木曽郡を縦断して流れる木曽川の源流の地であることから、「木曽の祖」という意味を込めてつけられたとされます。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、藪原村・小木曽村・菅村がまとまって木祖村が生まれました。村は周りを2,000m級の山に囲まれ、木曽川のいちばん上流にあります。1991年(平成3年)には村の木と村の花も定められました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、西筑摩郡の藪原村・小木曽村・菅村がまとまり、木祖村が生まれました。それから今まで、ほかの町村と合併せずに続いています。1968年(昭和43年)5月1日には、属していた西筑摩郡が名前を改めて木曽郡となりました。
江戸時代には、中山道の35番目の宿場として藪原宿が整えられ、尾張藩の鷹匠役所も置かれました。藪原はお六櫛の産地として知られ、お六櫛は中山道の名物となりました。村の南には中山道の難所の鳥居峠があります。
村は木曽川の最上流にある山あいの村です。木曽谷では江戸時代の初めに多くの木が切られたため、尾張藩が木を守る留山の制度を定めました。村内の水木沢天然林は、樹齢200年を超える木がほとんどを占める原生林です。2019年(令和元年)には村制130周年を記念して村歌「源流よ永遠に」がつくられました。
村は周りを2,000メートル級の山に囲まれ、冬にはやぶはら高原のスキー場が開かれます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西筑摩郡の藪原村・小木曽村・菅村の区域で木祖村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.nagano.lg.jp
- 1968年5月1日昭和43年西筑摩郡が改称して木曽郡となり、木祖村は木曽郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。