今の野沢温泉村
長野県の北東部、千曲川の東にある村です。村の約半分を山林が占め、上信越高原国立公園に含まれる豊かな自然があります。冬は雪が多く、古くからの温泉と、ブナの森に広がるスキー場で知られます。13か所の外湯は村民の共有の財産として守られ、名産の野沢菜を温泉で洗う「お菜洗い」も続いています。
今の野沢温泉村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,279人です。今の区域で数えた1980年の4,966人とくらべると34.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.5%です。
主な産業:温泉とスキー場を中心とする観光業
特産品・名産
- 野沢菜村を代表する特産物。漬物にして食べる
見どころ・祭り
- 野沢温泉の外湯湯仲間が守る13か所の共同浴場
- 野沢温泉スキー場ブナの森に広がる歴史あるスキー場
- 道祖神祭り毎年1月15日の火祭り。重要無形民俗文化財
- 日本スキー博物館日本のスキーの歴史を伝える博物館
- 麻釜温泉が湧き出す野沢温泉の源泉
木ぶな花野沢菜の花野沢温泉村の木・花
野沢温泉村のなりたち
野沢温泉村(のざわおんせんむら)は、長野県北信地方の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。瑞穂村・市川村・豊郷村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の野沢温泉村になりました。
今の名前「野沢温泉村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの3の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の豊郷村が約30km²だったのに対し、今の野沢温泉村は約59km²と、およそ2.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は下高井郡に属していました。
「野沢温泉村」という名前
村の名は、村の中心にある野沢温泉にちなみます。1953年(昭和28年)8月18日、それまでの豊郷村が名前を改めて野沢温泉村となりました。温泉の名がそのまま村の名前になった形です。温泉地は鎌倉時代の1272年(文永9年)に「湯山村」として記録に現れます。「野沢」という地名の語源ははっきりしていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の村域には下高井郡の豊郷村と市川村が生まれました。豊郷村は豊郷村と坪山村が、市川村は虫生・七ヶ巻・平林・東大滝の4村がまとまった村です。1892年(明治25年)には、豊郷村の柏尾・北原・重地原が隣の高野村(のちの瑞穂村)に移りました。
1953年(昭和28年)8月18日、豊郷村は温泉の名をとって野沢温泉村と名前を改めました。1955年(昭和30年)4月1日には、飯山市の一部となっていた前坂と重地原を編入しています。1956年(昭和31年)9月30日、野沢温泉村と市川村が合併し、改めて野沢温泉村が発足しました。
村は千曲川の東にあり、村の約半分を山林が占めます。冬は雪が多く、温泉とスキーの村として知られています。13か所の外湯は、江戸時代から「湯仲間」によって守られてきた村民の共有の財産です。1923年(大正12年)には野沢温泉スキー倶楽部が生まれ、スキー場とともに多くの選手を育ててきました。毎年1月15日の道祖神祭りは、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下高井郡に豊郷村・坪山村の区域で豊郷村が、虫生村・七ヶ巻村・平林村・東大滝村の区域で市川村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1892年10月明治25年豊郷村の一部(柏尾・北原・重地原)が高野村に編入され、高野村は瑞穂村と改称した。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1953年8月18日昭和28年豊郷村が改称し、野沢温泉村となった。種類:改称 出典:www.pref.nagano.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年野沢温泉村が飯山市の一部(前坂・重地原)を編入した。種類:一部編入 出典:www.pref.nagano.lg.jp
- 1956年9月30日昭和31年野沢温泉村と市川村が合併し、改めて野沢温泉村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.nagano.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。