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中野市なかのし

1920年には11の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の中野市になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の中野市

長野盆地の北東部にある市です。高社山と千曲川の間に広がり、夜間瀬川がつくった扇状地には果樹園が、南部には延徳田んぼと呼ばれる水田が広がります。農業が盛んで、えのき茸やぶどう、りんご、シャクヤクの産地です。江戸時代には中野陣屋が置かれ、明治の初めには中野県の県庁がありました。中山晋平と高野辰之のふるさとでもあります。

今の中野市の区域の人口は、2020年の国勢調査で42,338人です。今の区域で数えた1980年の44,985人とくらべると5.9%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.6%です。

42,338人人口(2020年)
−5.9%1980年からの増減
112.18km²面積(国土地理院)
377人/km²人口密度
32.6%65歳以上の割合
47,8451980199020052020
15歳未満 12.1%15〜64歳 55.3%65歳以上 32.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:えのき茸・ぶどう・りんご・シャクヤクなどの農業

特産品・名産

  • えのき茸全国有数の生産量を誇るきのこ
  • ぶどう扇状地の果樹園で栽培
  • りんご明治37年から続く栽培。市の木
  • シャクヤク切花生産が盛んな市の花
  • 中野土人形ひな市で展示即売される土人形

見どころ・祭り

  • 中野陣屋・県庁記念館中野陣屋と中野県庁の跡に建つ記念館
  • 中野ひな市毎年3月下旬。土人形の展示即売
  • 一本木公園バラ公園。5月下旬にばらまつり
  • 中山晋平記念館作曲家中山晋平の記念館
  • 高野辰之記念館「故郷」などの作詞者の記念館

木リンゴ・もみじ花バラ・シャクヤク鳥チョウゲンボウ中野市の木・花・鳥

中野市のなりたち

中野市(なかのし)は、長野県北信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。倭村・長丘村・科野村・平岡村・日野村・高丘村・平野村・延徳村・永田村・豊井村・中野町です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の中野市になりました。

今の名前「中野市」は、1920年にあった中野町の名前を受け継いでいます。ほかの10の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の中野町が約6km²だったのに対し、今の中野市は約113km²と、およそ20.5倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は下水内郡・下高井郡に属していました。

111920年の町村の数
3回合併・編入の回数
112km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

「中野市」という名前

市の名は、中心の中野町から受けつぎました。中野は、江戸時代に幕府の領地を治める中野陣屋が置かれた町です。明治の初めには中野県の県庁が置かれ、1870年(明治3年)に中野村は中野町となりました。1954年(昭和29年)に周りの村と合併して市になったときも、中野の名がそのまま市の名前になっています。「中野」という地名の起こりははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の市域には下高井郡の中野町・延徳村・高丘村・平野村・日野村・平岡村・長丘村・科野村・倭村と、下水内郡の豊井村・永田村が生まれました。1894年(明治27年)には、日野村の小田中が中野町に移っています。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)7月1日に中野町と日野・延徳・平野・長丘・平岡・高丘・科野・倭の8村が合併して中野市が発足しました。千曲川の西側では、1956年(昭和31年)9月30日に豊井村と永田村が合併して豊田村が生まれています。平成の合併では、2005年(平成17年)4月1日に中野市と豊田村が合併し、改めて中野市が発足しました。

市は長野盆地の北東部にあり、高社山と千曲川の間に広がります。夜間瀬川の扇状地は水はけがよく、果樹園が広がります。南部には延徳田んぼと呼ばれる水田地帯があります。えのき茸やぶどう、りんご、シャクヤクの生産が盛んです。明治の初めには中野県の県庁が置かれましたが、明治3年12月(1871年)の中野騒動で庁舎が焼け、県庁は長野へ移りました。作曲家の中山晋平と作詞家の高野辰之のふるさとでもあります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下高井郡に中野町・延徳村・高丘村・平野村・日野村・平岡村・長丘村・科野村・倭村が、下水内郡に豊井村・永田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1894年4月1日明治27年日野村の一部(小田中)が中野町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1954年7月1日昭和29年下高井郡の中野町・日野村・延徳村・平野村・長丘村・平岡村・高丘村・科野村・倭村が合併し、中野市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  4. 1956年9月30日昭和31年下水内郡の豊井村と永田村が合併し、豊田村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 2005年4月1日平成17年中野市と下水内郡豊田村が合併し、改めて中野市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.nagano.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

中野町→中野市1889〜今
豊田村1956〜2005
永田村1889〜1956
豊井村1889〜1956
倭村1889〜1954
長丘村1889〜1954
科野村1889〜1954
平岡村1889〜1954
日野村1889〜1954
高丘村1889〜1954
平野村1889〜1954
延徳村1889〜1954

参考にした資料