今の駒ヶ根市
長野県の南部、伊那谷の中ほどにある市です。天竜川の両岸の段丘に広がり、西に中央アルプス、東に南アルプスを望みます。駒ヶ岳ロープウェイで千畳敷カールまで登ることができ、ふもとの駒ヶ根高原には観光施設が集まっています。米づくりのほか、電機や精密機械の工場があり、日本酒やワインなどの酒造りも行われています。
今の駒ヶ根市の区域の人口は、2020年の国勢調査で32,202人です。今の区域で数えた1980年の31,179人とくらべると3.3%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は31.2%です。
主な産業:米づくりの農業と、電機・精密機械の工業、中央アルプスの観光
特産品・名産
- ソースかつ丼駒ヶ根のご当地どんぶり
- 日本酒市内の酒蔵で造られる
- ワイン・地ビール市内の酒造会社が造る
見どころ・祭り
- 千畳敷カール駒ヶ岳ロープウェイで登る氷河地形
- 駒ヶ根高原中央アルプスのふもとの高原
- 赤須上穂宿三州街道の宿場町
- 駒ヶ根シルクミュージアム養蚕と絹の資料館
駒ヶ根市のなりたち
駒ヶ根市(こまがねし)は、長野県南信地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。宮田村・赤穂村・伊那村・中沢村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の駒ヶ根市になりました。
今の名前「駒ヶ根市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の赤穂村が約81km²だったのに対し、今の駒ヶ根市は約168km²と、およそ2.1倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は上伊那郡に属していました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧赤穂村の区域には赤穂駅(飯田線)があります。旧伊那村の区域には伊那福岡駅(飯田線)があります。
「駒ヶ根市」という名前
駒ヶ根市の名前は、1954年(昭和29年)の市の発足にあたって公募で選ばれたもので、市の西にそびえる木曽駒ヶ岳のふもと(根)にあることを表しています。応募には「瑞穂」「天竜」「伊南」などの名前もあったと伝えられています。それまでの赤穂町・宮田町・中沢村・伊那村の名前は使われず、新しい名前になりました。
まちの成り立ち
江戸時代、今の駒ヶ根市の中心には三州街道の赤須上穂宿が置かれ、宿場町として栄えました。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、赤穂村と下平村の区域で赤穂村が生まれ、宮田村・中沢村・東伊那村はそれぞれそのまま村となりました。東伊那村は1898年(明治31年)に伊那村と名を改めています。
赤穂村は1940年(昭和15年)4月17日に町制を施行して赤穂町となり、宮田村も1954年(昭和29年)1月1日に宮田町となりました。そして1954年7月1日、赤穂町・宮田町・中沢村・伊那村の4町村が合併して駒ヶ根市が発足しました。しかし、宮田の地区では分かれて村に戻ることを望む声が強く、1956年(昭和31年)9月30日に宮田の区域が市から分かれ、宮田村が発足しました。それ以来、市の区域は大きく変わっていません。
市は伊那谷の中ほど、天竜川の両岸の段丘に広がり、西に中央アルプス、東に南アルプスを望みます。駒ヶ岳ロープウェイで千畳敷カールまで登ることができ、ふもとの駒ヶ根高原には観光施設が集まっています。米づくりのほか、電機や精密機械の工場があり、酒造りも行われています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上伊那郡に赤穂村・下平村の区域で赤穂村が発足し、宮田村・中沢村・東伊那村がそれぞれ単独で村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年6月17日明治31年東伊那村が改称して伊那村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1940年4月17日昭和15年赤穂村が町制を施行し、赤穂町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年1月1日昭和29年宮田村が町制を施行し、宮田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年7月1日昭和29年赤穂町・宮田町・中沢村・伊那村が合併し、駒ヶ根市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年駒ヶ根市の一部(宮田)が分かれ、宮田村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。