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大桑村おおくわむら

大桑村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の大桑村

長野県の南西部、木曽郡にある木曽谷南部の村です。東を木曽山脈、西を阿寺山地に挟まれ、木曽川が村の中を南北に流れます。面積のほとんどが山林で、集落は木曽川沿いの平地に集まっています。清水の湧く宿場の須原宿や、七曲りの町並みが残る野尻宿があり、阿寺渓谷はエメラルドグリーンの清流で知られています。

今の大桑村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,439人です。今の区域で数えた1980年の5,637人とくらべると39.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.1%です。

3,439人人口(2020年)
−39.0%1980年からの増減
234.47km²面積(国土地理院)
15人/km²人口密度
43.1%65歳以上の割合
5,6371980199020052020
15歳未満 8.2%15〜64歳 48.7%65歳以上 43.1%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:林業と、中山道の宿場や阿寺渓谷の観光

特産品・名産

  • 花漬け桜の花を塩漬けにした須原の名物
  • ほお葉巻朴の葉で包む木曽の菓子

見どころ・祭り

  • 阿寺渓谷エメラルドグリーンの清流
  • 須原宿清水の湧く中山道の宿場
  • 野尻宿七曲りの町並みが残る宿場
  • 定勝寺重要文化財の建物がある寺
  • 岩出観音中山道沿いの観音堂

大桑村のなりたち

大桑村(おおくわむら)は、長野県中信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに大桑村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は木曽郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
234km²今の面積

「大桑村」という名前

大桑村は、1874年(明治7年)11月7日に、野尻村・長野村・殿村・須原村の4か村が合わさって生まれた村です。この村はいったん元の4か村に分かれましたが、1889年(明治22年)の町村制の施行で、同じ4か村の区域が再びまとまって大桑村となりました。「大桑」という名前の由来ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1874年(明治7年)11月7日、筑摩県筑摩郡の野尻村・長野村・殿村・須原村が合併して大桑村が生まれました。1876年(明治9年)には筑摩県がなくなって長野県に属し、1879年(明治12年)には西筑摩郡に入りました。その後、大桑村はもとの4か村に分かれましたが、1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、4か村の区域が再びまとまり、大桑村が発足しました。それ以来、村の区域は変わっていません。1968年(昭和43年)5月1日には、西筑摩郡が名前を改めて木曽郡となりました。

1923年(大正12年)7月には、豪雨によって「蛇抜け」と呼ばれる土石流が起こり、多くの犠牲者が出ました。

村は木曽谷の南部にあり、東を木曽山脈、西を阿寺山地に挟まれ、木曽川が村の中を南北に流れています。村の面積のほとんどが山林で、集落は木曽川沿いのわずかな平地に集まっています。旧中山道の須原宿は清水の湧く宿場として知られ、野尻宿には曲がりくねった「七曲り」の町並みが残ります。木曽川の支流の阿寺川がつくる阿寺渓谷は、エメラルドグリーンの清流で知られています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西筑摩郡の長野村・須原村・殿村・野尻村の区域で大桑村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.nagano.lg.jp
  2. 1968年5月1日昭和43年西筑摩郡が改称して木曽郡となり、大桑村は木曽郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

大桑村1889〜今

参考にした資料