今の王滝村
長野県の南西部、木曽郡にある村で、御嶽山のふもとに位置します。村の面積の大部分は山林で、木曽ヒノキの産地として知られます。王滝川には牧尾ダムなどのダムがあり、その水は中京や関西の暮らしを支えています。夏はキャンプ場、冬はスキー場に人が訪れ、田の原天然公園からは御嶽山への登山道が延びています。
今の王滝村の区域の人口は、2020年の国勢調査で715人です。今の区域で数えた1980年の1,768人とくらべると59.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.1%です。
主な産業:木曽ヒノキの林業と、御嶽山の登山・キャンプ・スキーの観光
特産品・名産
- 木曽ひのき村内に自生するヒノキの木材
- すんき漬け木曽谷の塩を使わない漬物
- 百草丸御嶽山に伝わる和漢の胃腸薬
見どころ・祭り
- 御嶽山御岳信仰の山。王滝口の登山道がある
- 田の原天然公園7合目、標高2,180mの公園
- 牧尾ダム1961年に完成したダム
- おんたけ銀河村キャンプ場村のキャンプ場
- 松原スポーツ公園木曽森林鉄道の車両を動かして保存
木ヒノキ花シャクナゲ王滝村の木・花
王滝村のなりたち
王滝村(おうたきむら)は、長野県中信地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに王滝村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は木曽郡に属していました。
「王滝村」という名前
「王滝(おうたき)」という村名は、江戸時代の初めに「おのたけ」、中ごろに「おんたけ」と呼ばれた名に由来するとされ、御嶽山と深く結びついています。村には、平安時代に後白河法皇の病が御嶽山への祈りで治ったお礼に、「皇」の字から「王」の字をとって村名にすることが許されたという伝説も伝わっています。
まちの成り立ち
王滝村は、明治のはじめから合併や分離をしたことがなく、木曽谷で江戸時代の村の区域をそのまま保っている唯一の自治体です。1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、西筑摩郡王滝村の区域がそのまま王滝村となりました。1968年(昭和43年)5月1日には、西筑摩郡が名前を改めて木曽郡となっています。
村の面積の97%は山林や原野で、その多くが国有林です。村は木曽ヒノキの産地として知られ、集落は王滝川沿いに点々と並びます。1961年(昭和36年)には王滝川に牧尾ダムが完成し、農地や家の一部が湖の底に沈みました。ダムの水は濃尾平野をうるおし、中京や関西の暮らしを支えています。その後、村は御嶽山のすそ野にスキー場を開きました。
村は何度も大きな災害に見舞われました。1979年(昭和54年)10月28日には御嶽山が記録に残る中で初めて噴火し、1984年(昭和59年)9月14日の長野県西部地震では、御嶽山の南側が大きく崩れて多くの犠牲者が出ました。2014年(平成26年)9月27日の御嶽山の噴火でも、登山者に多くの犠牲者が出ています。
田の原天然公園から山頂へ向かう王滝口の登山道は、今も多くの登山者に使われています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、西筑摩郡王滝村の区域をもって王滝村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1968年5月1日昭和43年西筑摩郡が改称して木曽郡となり、王滝村は木曽郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。